ビタージャムメモリ
「なんだよ、ショック?」
「そんなことないけど」
「でもそういうのも、二年くらい前までだぜ。それ以降もまあ、適当な相手はいたと思うけど」
「わかるものなの?」
「たまに行き先言わずに外泊したり、なんとなく女の匂いさせて帰ってきたりするもんな。でもそのくらいは、いい歳した男なら当たり前だろ」
そういうものなのか…。
「どうして、決まった人作らなくなっちゃったんだろ」
「さあ。年齢的に結婚とか言いだされる時期になって面倒になったんじゃねーの。懐疑的を自認するくらいなんだし」
「なるほどね…」
「変な頭使うのやめて、寝ろよ、メシできたら起こしてやるから」
「喉乾いた」
私のわがままに、歩くんは「えー?」と鬱陶しげな声を出しつつも、冷蔵庫からりんごジュースのパックを持ってきてくれた。
俺が飲もうと思って買ったのに、とぼやきながら、ストローを挿してくれる。
何か、しなきゃいけないことがあったはずなんだけど。
どうにも頭がまとまらない。
歩くんの調理の音を心地よく聞きながら、私はとろとろと夢と現実の境界を漂っていた。
私、先生からすると、どんな存在なんだろう。
子供じゃないってことは、認めてもらえたと思っていいのかな。
"広報の香野"からは、一歩抜け出せた?
身体が先生のキスを思い出そうとするのを、必死に封じ込める。
今そんなことをしたら、本当に発火でもしそうな気がする。
先生、歩くんの言うとおり、雰囲気に乗っただけじゃないって、信じてもいいですか?
あれは私だったからだって、少しは思ってもいいですか?
先生──…。
「弓生、大丈夫?」
「ん…」
声をかけられて、目が覚めた。
室内は暗く、カーテンの向こうが街灯で光っている。
歩くんが、ベッド横の床に敷いた布団の上に身体を起こして、私の肩に手をかけていた。
「寝苦しそうだったぜ」
「ほんと…?」
「すげえ汗かいてるじゃん、メシも食えてたし、これで熱下がるといいな」