ビタージャムメモリ
「熱出してぶっ倒れてるって伝えといたけど」
「…先生、何か言ってた?」
「驚いてた」
そりゃそうだ。
バッグから携帯を取り出して確認すると、だいぶ遅い時間に先生から「帰れた?」というメッセージが一件だけ入っていた。
返事がないのを心配して、歩くんに連絡してくれたんだろう。
申し訳ないのを通り越して、自分が腹立たしい。
すぐにお詫びのメッセージを送ろう。
いや、今まともな文章を書ける気がしないので、やっぱり明日落ち着いてからにしよう…。
「先生と連絡とったの、久しぶり?」
「そーだな」
「他に何か話した?」
「弓生とどこまでやっちゃったのーって」
「う、嘘!」
「嘘に決まってんだろ。飲みすぎんなよって注意しただけ」
ああ、よかった…。
さっきから浮いたり沈んだりで、身体がしんどい。
「よくわかったね、先生が飲んでたって」
「だってリビングで煙草吸ってたんだろ? そういう時は必ず飲んでんだよ。ほんとたまになんだけど、ものすごい量飲むからさあ」
「煙草はいいの? 吸うなって歩くんが言ってるんでしょ」
「まあ、臭いつくし楽器にも悪いし、ほんとは自分の部屋でだけ吸ってほしいけど、たまにならいいよ。外で吸うなっつってんのは別の理由」
「どんな?」
「煙草吸うと、なんか普通にかっこいいじゃん、あの人。普段堅そうなだけに」
…わかる。
私も最初に見た時、見とれたっけ。
「そういうとこ、あんま不用意に見せてほしくないからさ。だから吸うなって言ってるだけ」
「その理由、絶対先生に伝わってないよ」
「伝えてねーもん」
出たあ、可愛い甥っ子の独占欲。
吸うと歩くんが嫌がる、と信じて控えているであろう先生には気の毒だけど、こういう甘えっ子な身勝手さはいかにも歩くんらしい。
そしてさらにもうひとつ思い出した私は、後悔のあまり「あー!」と叫んで、ぶつけるように枕に顔を埋めた。
今度はなんだ、と歩くんがぎょっとする。