ビタージャムメモリ
「離して…」
「お客様」
びっしりとタトゥーの入った肩を、誰かが叩いた。
「お客様のような方には、入店をご遠慮いただいております」
にこ、と微笑みかけたのは、ネクタイにベスト姿の、スタッフさんだった。
ちょっと見ないほど顔の整った男の子だったので、思わずぽかんと見つめてしまう。
「おわかりですよね」
綺麗な唇が微笑を作ると、まるで絵画だ。
男の人は、剣呑な目つきで男の子を振り返ると、威嚇するようにしつこい視線を飛ばして、やがてあきらめた。
舌打ちひとつで去ってくれた背中を見送りながら、安堵の息が出る。
「ありが、と、わわ」
ぐいと腰を引き寄せられ、カウンターからすべり落ちる。
と思ったら、予想外に頼もしい片腕が、床に降り立つまでしっかり支えていてくれた。
ついしがみついてしまった肩から、慌てて離れた。
「ごめんなさい、ありがとう」
間近で見た顔は、世の中にこんな綺麗な顔があるんだと素直に感心してしまうほど均整がとれていて、そして最初の印象より若かった。
というより、幼いというレベルかもしれない。
左胸のプレートには"歩"と彫ってある。
「あんなのもかわせなくて、こんなとこ来てんじゃねーよ」
…ん。
思わず見上げて、確認してしまった。
今のは本当に、この子の発言だったのか。
吊り上がり気味の瞳が、無遠慮にこちらをにらむ。
「何びくついてんだよ、うぜえな」
「いえ、あの、ご、ご迷惑を」
「あんた浮いてんだよ、だから目つけられんの。少しは勉強してこい、バカ女」