ビタージャムメモリ
「まあ、そんなわけで、あと一年は俺、けっこう必死だと思う。あんたの世界も面白そうだけど、やってる暇ない」
「そうだろうね」
「卒業して、行けたらだけど、大学に行って、それでもやってみたいってなったら、また考えてもらえる?」
遠慮がちというには程遠い、彼らしい、人懐こい態度で、歩くんはそう投げかけた。
みんなが見守る中、梶井さんは大きくうなずき。
「もちろん、喜んで」
微笑んで、右手を差し出した。
その手を握った歩くんが、「ちなみに俺」と続ける。
「その頃は一人暮らししてたいから、一緒に住むってのはなしで。親子って言いたいだけなら、好きにしなよ」
ちゃっかり一番譲れない部分をもぎとった歩くんに、梶井さんは残念そうに笑いながら「了解」と承諾し、横で不満げにしているかすみさんの膝を軽く叩いた。
「しょうがないよ、そこはあきらめよう。こうして考えを話してくれただけでも、ありがたいと思わなきゃ」
「でも…」
「いい子じゃないか、僕らは巧さんに感謝すべきだよ」
「そうじゃなくて」
歩くんに似た美しい顔をくしゃりと歪ませて、ぽつりと言う。
「歩と暮らせなくても、私と結婚してくれる?」
蚊の鳴くような声ではあったけれど、それは全員に聞こえた。
そしてたぶん全員を、特に梶井さん以外を、呆れ返らせた。
「俺は持参金代わりだったってか」
歩くんの突っ込みにも、敵意というよりはもはや、唖然とした色しかない。
先生ですら、「姉さん…」と小さくつぶやいたきり、的確なコメントひとつ吐き出せないみたいだった。
かすみさんは泣きそうになって反論する。
「そんなんじゃないわ」
「かすみさん、僕は別に、歩くん欲しさに結婚しようなんて言いだしたわけじゃないよ」
「そうなの?」
「そうだよ…」