ビタージャムメモリ
梶井さんも大変だ。

でもお互いがそれでいいのなら、こういう夫婦もありなんだろう。

願わくは、早くかすみさんが梶井さんの愛情で満たされますように。


祈っていたら、歩くんと目が合った。

言うべきことを言って肩の荷が下りたのか、すっかりくつろいだ様子でソファに身を沈め、横目でお母さんを見て、ぼそりと言う。



「あれに比べりゃ、弓生はものすごい大人だよな」



それは果たして、賛辞になっているのかいないのか。

とりあえず、ありがと、とお礼をしておいた。





「帰った?」



梶井さんたちを玄関まで見送って戻ると、歩くんはキッチンで何やら立ち働いていた。



「ああ」

「ふたりとも、メシ食えてないんだろ。簡単に作るから、弓生も食ってけよ」

「ほんと? ありがとう」



なんだか消耗して、遠慮する気力も残っていない。

せめて手伝おうと袖をまくる。



「それと俺、今日はこっち泊まるよ、そのほうがいいだろ」

「来てくれてもいいよ?」

「でももう、帰らない理由もなくなったし」



歩くんがちらっと見た先には、先生がいた。

脱ぐタイミングもなかった背広をソファに投げ捨てて、ネクタイを緩めている。

歩くんの視線に気づくと、軽く口の端を上げてみせた。



「巧兄さあ、学校から連絡来てたの、俺に黙ってたろ」



冷蔵庫に水を取りに来た先生に、歩くんが声をかけた。

ペットボトルからコップに移しながら、ん? と曖昧に濁す態度は、しらばっくれているのがバレバレだ。



「今俺の面倒見てくれてるの、2年の時の担任なんだけど、世話好きのじーさんでさ」

「覚えてる、何度か行事で会ってる」

「このままじゃ卒業も進学も無理だから、レッスン受けさせに来いって、保護者に何度も言ったって聞いたぜ。待っててやってほしいって返事しかなかったって」


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