ビタージャムメモリ
「先生」
「ん?」
嬉しくなったので、そばに寄って、そのメールを見せた。
へえ、と先生も嬉しそうに読んでくれる。
「今度、日程を調整させていただいていいですか」
「うん、ところでそういう取材、そろそろ柏に任せようと思ってるんだけど、いいかな。徐々に経験を積ませたいと…」
目を丸くされて、私ははっと表情を引き締めた。
いけない、ショックと落胆がそのまんま出ていた。
「…なんて顔してるの」
「す、すみません。でもあの、決して先生とお仕事したいから言うわけではないですが、キーパーソンを替えてしまうのは、まだ早いと」
「そういうもの?」
「はい、せめて発売までは、先生が一貫してその役割を担ったほうがいいと思います。人が入れ替わると、認知も分散してしまってもったいないです」
先生は腕を組んで、じっと聞いている。
「先生と仕事したくて言っているのではないですから、本当に…」
果たしてそれは100%真実だろうかと、自分でも怪しく思いながら、汗のにじんできた額を手で押さえた。
なんで何も言ってくれないんだろう。
先生を見れば、なんと彼は愉快そうな笑みを浮かべていて、私は今度こそ真っ赤になった。
もう、何これ、何これ。
『で、巧兄はどーすんの?』
かすみさんたちとの会合の後、食事を終えた私たちは、何をするでもなくくつろいでいた。
肩の荷が下りたのか、先生は『飲む』と言いだして、ウイスキーの水割りを作ってくれて、歩くんはおつまみを用意してくれたりした。
『どーすんの、とは? おい、お前は飲むな』
『いいじゃん、少しくらい』
『ダメだ』
取り返したグラスに口をつけながら、『なんの話だ?』ともう一度訊く。
『弓生との話だよ』
『香野さんがどうした』
『え、キスしたんだろ?』