ビタージャムメモリ
私も先生も、激しくむせた。

対面のソファから、責めるような視線が送られてくる。

すみません、決して積極的に報告したわけじゃないんです、ただちょっと浮かれがだだ漏れだったというか…。



『いまだに"香野さん"とか他人行儀にさあ、せっかく俺も邪魔しないでやってんのに、なんなの? 焦らしてんの?』

『あ、歩くん、あのね』

『巧兄がぐずぐずしてんなら、俺が弓生、もらっちゃうよ』



歩くん、私、ついさっき先生に微妙な反応をされたところでね。

少しでも急かしたり押したりしたら、今の関係すら絶対壊れるって、確信したところで…え?

隣り合った一人掛けのソファに座っていた歩くんが、私の右手を取って、見せつけるように指に軽いキスをした。

先生の目が、わずかに見開かれる。

え?



『言っとくけど巧兄より俺のほうが、弓生と歳近いんだぜ。5年したら俺は23、巧兄は41? どう考えても俺が勝つんじゃね?』

『歩くん、あの』

『弓生なんか押しまくれば絶対ぐらつくし、いつまでも俺を対象外に置いとけると思ったら間違いなんだからな』

『ぐ、ぐらつきません!』

『どーだか』



手を振りほどいたら、鼻で笑われた。

動揺している自分が情けない。


先生は無言で、何か考えている。

と思ったら、一言も発しないまま、やがて立ち上がった。

水割り用の氷を足しにキッチンに行くのかと思いきや、なぜかこちら側のソファを回り込んでいき。

歩くんの後ろまで来ると、彼のシャツの襟首を引っ張り、そこめがけておもむろに、持っていたアイスペールの中身をぶちまけた。



『冷てーっ!!』



歩くんは飛び上がり、張りついたシャツの裾から氷を逃がすべくじたばたと頑張っている。

私は唖然として、手を貸すことも忘れた。

小学生か! と涙目でなじられても、先生は冷凍室から氷を移しながら、冷静に無視だ。



『ざっけんな、マジで…!』

『まだ時間大丈夫だよね、香野さん?』

『俺にも同じのくれよ』

『子供にやる酒なんかない』

『巧兄だって18の頃は飲んでたろ』

『わかった、麦茶だな』

『ウイスキーだよ』

『だいたい同じだろ』

『原料の話してねーし!』

『さっさと着替えてきたらどうだ』

『ざけんな!』


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