ビタージャムメモリ
「自分だけ香野さんとごはんとか」
「あり得ないっす、ほんと」
「クールぶっといて、案外ちゃっかりしてますよね」
「抜け駆け、抜け駆け!」
どうしてこうなるんだ、と隣からつぶやきが聞こえた。
柏さん以下、グループの四名に絡まれながら、先生がうんざりした表情でテーブルに頬杖をついている。
最初こそ、私と約束をしていた事実をそれとなく隠そうとしていた先生だけど、場が温まってくるにつれ開き直ったらしい。
そもそも先生が、何を思って誘ってくれたのかわからない私は、こういう事態になって、むしろほっとしていなくもなかった。
「我々はですね、まじめに事業所に帰ろうとして、でも途中でその後の会議が飛んだって連絡を受けたわけですよ」
「だからこのへんの取引先さんを回ってこうかなとね、聞いてますか眞下さん!」
「聞いてるだろ、何回も」
終業後に1階で待ち合わせた私と先生は、ビルを出た瞬間に四人とばったり会ったのだ。
飲み場所を探していたらしい彼らに、一緒に行きましょうと誘われたら断りようもなく、会社からほど近い、イタリアンのダイニングバーに入った。
「携帯、大丈夫?」
「はい、…あれ」
震えているのを確認したら、歩くんからのメッセージだった。
「『何やってんのお前』だそうです…」
「どういう意味?」
「先生とごはんだよって知らせてから、やっぱりふたりじゃなくなっちゃったって報告した、返事です」
「この間から気になってたんだけど、だいぶ歩に筒抜けだよね…」
申し訳ありません…。
「まあ、いいけどね」
ワイシャツ姿の先生が、ワイングラスを傾ける。
私はつい考えてしまう。
いいけどねっていうのは、どういう意味なのか。
気にしないってこと?
どうでもいいってこと…?
「香野さん、僕たちね、社長賞候補に挙がってるんですよ」
「えっ、本当ですか、すごい」
「もう香野さんのおかげですよ、ほんと」
「そんな、まさか」
社長賞とは年度に一回、優れた業績を残した商品や、それを推進した社員に送られる、インナーではもっとも名誉ある賞だ。