ビタージャムメモリ
「あんなお話を聞いたら、嬉しくてつい」
「なかなか伝えきれないけど、俺たちは本気で香野さんに感謝してるんだよ」
「そんな」
「そういう話も、ゆっくりしたかったんだけどね」
背もたれに腕をかけて、疲れた息をつく。
あっ、もしかして、そのために誘ってくれたんですか?
「これじゃ歩のお礼にもなってないから、また改めて誘うよ」
「私は、十分です、先生がいるだけで」
あ。
本音を言ったまでなんだけど、ちょっと表現が、あれだった。
案の定、驚いたような戸惑ったような微妙な表情で口をつぐんでしまった先生に、すみません…と頭を下げる。
「謝ることないけど…」
「いえ、気を抜くと私、重くなりがちで…すみません、本当に」
「歩と話をする機会があったんだよね、戻ってきてから」
「え?」
今日の先生、話題の切り替えが唐突だな。
よくわからないまま、はい、と小さな声になる。
「今まで歩は、何か障害にぶつかると、腹を立てるかふてくされるかして投げ出して、それで傷ついて閉じこもるっていうのが常だったんだけど」
「あ…わかる気がします」
かすみさんが高校に現れてから、音楽にも学校にも背を向けたっていうのが、まさにそれだと思う。
そうなんだよ、と先生がうなずく。
「それがいきなり、あんなふうに"こうしたい"って言葉にして主張したから驚いて、訊いたんだよ、どうしたんだお前、と」
はあ。
先生、けっこうひどい訊き方する。
「そうしたら、『弓生の前でかっこ悪いことできねーじゃん』と」
「えっ…」
「そんな動機で自分を変えられる年頃も、確かにあったなあ、と何かものすごく年を取った気がしたよね」
聞いた時の衝撃を思い出しているのか、先生が腕を組んで、しみじみと言う。
それは確かに、すごく若さを感じる発言だ。
でもそれ以上に、歩くんの素直さと、強さが言わせたものだ、きっと。