ビタージャムメモリ
「ところであいつら、いつ帰るんだろう」
「さっきボトル追加してましたよ」
「このまま消えようかな?」
「だ、ダメですよ」
様子からして、本当にやりかねなそうだったので慌てて止めた。
まあそうだよね、と先生が伸びをする。
白いワイシャツに、綺麗な身体のラインが透ける。
「仕事終わりだと、何かと邪魔が入りそうだから、次は休日かな」
「えっ…」
「行きたい場所、考えておいて」
えっ、えっ。
なんだかもう、頭がちっとも追いつかず、おたおたするばかりの私を、先生は優しく笑い。
頭の後ろで組んでいた手を、戻すついでに背もたれに預けて、身体ごとこちらを向く。
「歩には、言わないように」
妙に教師ぶって、あながち冗談でもなさそうな指導をするので、私はようやく笑うことができて。
はい、とうなずきながら、心の中で歩くんに謝った。
楽しげな瞳が、そんな私を見ていた。
先生はたぶん、全部わかってる。
私が今、もう少し言葉が欲しいと思ってることとか。
隣り合って座る先生との距離が、これまでよりも近くて、ひそかにドキドキしていることとか。
わかってるのに何もしてくれない。
意地悪。
ふいに訪れた沈黙に、お互いの視線が絡んだ。
お酒の勢いを借りつつ、期待を込めて先生を見上げた。
察しのいい先生は、困り気味の苦笑を漏らすと、周囲にさっと視線を走らせてから、首をかしげるようにして顔を寄せてくれる。
思わずぎゅっと、先生のシャツの袖を握った時。
「あーっ、何やってんすかー!」
触れ合う直前で響いた声に、弾かれるように離れた。
振り向くと、最若手の萩野さんがお店から出てきたところで、真っ赤な顔にとろんとした目でこちらを指さしている。
何? とその後ろから柏さんが続き、私のうろたえ度合いも増した。
「いないなーと思ったら、こんなとこでふたりきりっすよ」
「あらー、さすがやらしいなー、うちのグループ長は」
「さっきなんか、香野さんが眞下さんに抱きついてて、こう」
もう尾ヒレがついてる!!
先生を見ると、へべれけの部下たちに呆れたのか、タイミングのまずさに脱力したのか、天を仰いでいる。
「まったく、こそこそして」
「香野さんは、僕たちみんなの香野さんでしょ」
「聞いてますか、眞下さん!」
はやしたてるふたりを持て余し、おろおろする私をよそに先生は。
早く帰らないかなこいつら、と他人事のようにぼやいていた。