ビタージャムメモリ
17.Trio
「だからね、そんな簡単に言ってもらっちゃ困るんですよ。何度も言いますが、ラインはパンパンなの。無理なんです」
静かに聞いていた先生は、やがて「なるほど」と呟き、手元の資料を定例会の参加者に配布した。
全員に渡ったのを確認して、口を開く。
「工場が現在の設備に落ち着いてから、最も操業率が高かった時の記録です。ピッチは今よりも20%ほど高い。ですが従業員数は今よりも少ない」
「な…」
「これを元に、どの程度"無理"なのか試算しました。新商品を流すと、稼働率が約8%増します。これを吸収するための稼働時間と工員の数が次のページに」
「どうやってそんな計算を」
「この一年間、工員一人当たりの平均生産効率は、過去最高時点と比較すると7ポイントほど下がっています。その効率を引き上げたと仮定して」
立て板に水のごとく、生産管理部門が執拗に繰り返してきた「ラインはすでにフル稼働」の偽りを容赦なく論破した先生は。
最後に、冷笑と言ったほうが近いような、鋭い微笑を浮かべた。
「我々は生産に関しては素人です。どうやってもこのレベルの概算が精一杯でした。ぜひ貴部署での精査をお願いしたい」
「ご無理でなければ」という、きつい皮肉を添えて、年配の社員を見据える。
うわあ、と内心で縮み上がりながらそのやりとりを見守った。
これは…氷だ。
「久々に全開だったね」
「実際に室温下がってんじゃないかって、毎度思いますね」
「私、初めて見ました…」
会議終了後、生管の担当者と話している先生を遠目に見ながら、戸口のところで柏さんたちとひそひそ話をする。
ちなみに彼らはありがたいことに、酔っ払っていた時のことは覚えていなかった。
「でも、今日は特別攻撃的だったっすね」
「腹に据えかねてたんでしょうねえ、毎度コケにされて」
「俺たちには、我慢の時だとか言っておきながらなあ」
「あの人を怒らすなんて、生管もアホなことしたよ…」
揃って、南無、と手を合わせる。
商品化を停滞させていた、生産部門のつまらない意地とプライドが、これで打ち砕かれたわけだ。
さすが後処理も先生はうまく、感情的な遺恨を残さないよう、さっと建設的な話に切り替えて、議論を深めてみせた。