ビタージャムメモリ
「いい加減、話を進めたかったからさ」
「びっくりしました、怖くて」
「香野さんが怖がること、ないでしょ」
「眞下、お前、丸くなったなあ」
私たちのやりとりを見ていた比留間さんが、しみじみと言う。
先生は、はたと私と目を見合わせて。
僕も年を取りましたんで、と居心地悪そうに答えた。
「この会社に彼を呼んだのも比留間さんらしいですよ。眞下さんの研究室の教授と懇意で、学生時代から目をつけてたんですって」
「へえ、それは相当優秀だったんだね」
デスクに戻って報告すると、野田さんが感心したように腕を組む。
私も野田さんも文系なので、いかにも理系なそのエピソードに憧れめいたものを抱きつつ、いまひとつぴんと来ない。
「香野さん、今、社内で一番眞下さんに詳しいんじゃない?」
「えっ? いえっ、さすがにそんなことは」
「広報の鑑だなー、やっぱり僕ら、情報が入ってくるのを待ってないで、自分から取りに行くべきだよね」
年が変わって、何か思うところでもあったのか、がんばろー、と片手を挙げて気合を入れている。
「ボトルネックだった生産が動いたなら、これから商品化に向けて、一気に企画が進むかもね」
「おーい、社長賞の情報が届いたよ、展開するよ」
「おっ、ほんとですか」
部長が窓際の席から声をかけてきた。
転送されてきたメールを確認して、野田さんが歓声をあげる。
「広報部、入れてもらえてますね」
「探ってみた感じ、実際、かなり受賞に近いところにいるみたい」
「決まるといいですね、社内で協力者が増えて、何かとやりやすくなりますよ」
そうなるといい、本当に。
もしかしてこの推薦者は比留間さんなんじゃないかと、さっきそれとなく訊いてみたら、違ったのだ。
ということは、どこかに他の味方がいるってことだ。
先生たちは、もう孤独に戦わなくてよくなるかもしれない。
"僕でなければならないのなら"
先生のそんなポリシーが、ここまで導いた。
少なくとも私は、そう信じてる。