ビタージャムメモリ
「この間、あの生意気なボーイに会ったのよ、偶然」
「えっ、どこで?」
会社帰り、久し振りに夕食を早絵ととることになった。
お互いの会社の間にある居酒屋で落ち合い、ジョッキを傾ける。
大助さんとは非常にうまくいっているようで、「しばらく弓生の相手はできません」と清々しい放置宣言をされていたんだけど、落ち着いたらしい。
「ここの駅前で。大ちゃんと一緒にいたから、向こうも気づいて」
「早絵のことも覚えてたでしょ?」
「そうなの。弓生の友達でしょって言われて、びっくりした」
歩くんはそういうところ、いい加減じゃないのだ。
「あの子、クラブで見てた頃より幼くなったような、大人びたような、不思議な感じね」
「そんなふうに見えたんだ」
なるほど、うまい表現かもしれない。
それは要するに、年相応の成長をしたってことなんだろう。
「男子三日会わざればって言うしね」
「親戚のおばさんみたいね、弓生」
「おばさんはやめてよ」
「巧先生と、いい感じなんじゃない。どこ連れてってもらうの?」
「それが…」
完全にノーアイデアだ。
というか、行き先なんてどこでもよすぎて、決めようがないのだ。
先生と過ごせるなら、山だろうと海だろうと街だろうと幸せに決まってるし、もっと言えば、当日は緊張で場所を楽しむどころじゃない、絶対。
でも、先生に場所の選定を任せるのも申し訳ない。
「どうしよう」
「初々しい悩みねー」
「何かいい案ない?」
知りません、と冷やかし半分に突っぱねる薄情な早絵は、お返しのようにその後、大助さんとのエピソードをのろけてくれた。
「おねーさん、チケット買ってよ」
「代わりに何してくれる?」
1月も後半に入ったとある休日、歩くんに呼び出されて、会社近くの駅まで出てきた。
暖かな日差しの、冬が小休止しているような日だ。
目の前を、気づかず通り過ぎようとした私を、駅前のガードレールに腰かけていた歩くんがおかしな具合に呼び止めた。