ビタージャムメモリ
どうにも自分本意なのがいけない。

歩くんの言い様に、そこまで言わなくてもとも思うけど、そこまで言いたくなる気持ちもよくわかる。

歩くんが、はっと鼻で笑った。



「梶井のおっさんもほんと人がいいよな。あっちだって利用されてたようなもんだろ」

「利用?」

「俺を釣る餌としてさ」

「でもそれは、梶井さんが歩くんを認めたからで…」



かすみさんが企んだわけではないはずだ。

眉をひそめる私を、「お前も人がいいな」と歩くんが笑った。



「おっさんに聞いたらさ、あの女は一年前くらいに、いきなり連絡取ってきたんだって。それまでおっさんがどんなに連絡しても無視だったのに」

「うん…?」

「わかんねえ? 時系列に並べてみろよ、あの女は、俺の評価を知って、高校に押しかけてきて、その後、おっさんに近づいたんだぜ、息子がいるってカミングアウト付きで」

「しかもその子はバイオリンがすごいのよ、と…」

「かつ、おっさんの仕事は知ってて、だ。俺を釣るのに、そういう肩書の男と結婚したら都合がいいって思いついたんだよ」

「そんな…」



まさか、と否定できない前科が、かすみさんには山ほどある。

歩くんを取り戻したくて梶井さんと結婚しようと考え、梶井さんと結婚するために、なんとしてでも歩くんを取り戻す必要があったのだ。

双方を利用しようとし、がんじがらめになっていたわけだ。



「でも…梶井さんのことは本当に好きそうだったよね」

「まあ、いい人だもんな。打算で再会したのに味方になってもらえて、惚れ直したってとこじゃねえ?」

「ああ…」



かすみさん…。

そりゃ先生も、激怒しますよ…。



「そこまで計算高いようには見えないのにね」

「無意識だからタチ悪いんだろ、あんなの悪女とも言わねえよな、ただのクズ」

「勉強になる」

「弓生は絶対ああいうふうにはならなそうだよなあ」



むっ。

そう言われると、私だって計算くらいできると言い張りたくなる。

無理無理、と歩くんが笑い飛ばした。

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