ビタージャムメモリ

【他にもご相談がありますので、一度打ち合わせにお伺いできたらと思います】



嘘じゃない。

取材要請のみならず、我々広報の手に余る深い質問やデータ提供をたびたび求められるようになり、何か手を打てないかと考えていた。

でも、口実ができたと思ったのも本当。


送信ボタンを押し、他の仕事に移ろうとする間に、返事が来た。



【多忙につき、取材以外の用件はメールでお願いしたく】



読んだ瞬間、血がざっと顔に上った。

見抜かれた。

透けてたんだ、少しでも先生に会えたらって邪な思いが。



(恥ずかしい…!)



でも、こんな冷たい書き方しなくても。

さすが氷の眞下。

なんて、悪いのは私だ、わかってる。


本社と先生のいる事業所の間は、電車で30分ほど。

そんな時間をかける前に、メールで済む連絡はメールで、と考えるのは当たり前だ。

せっかく築かれかけていた、先生からのささやかな信用をぶち壊してしまった気がして、一気に世界が暗くなった。


その時、バッグの中で携帯が鳴った。

知らない番号。



「…はい」

『先ほどの件、急ですが、今日の夕方空いていますか』



え?

電話の声というものは、脈絡がないと本当に誰だかわからない。

ただ今、私に"先ほどの件"で電話をかけてくる人は、一人しか思い当たらない。



「…眞下さんですか?」

『そうですが』

「あの…先日伺った番号と違いますが」

『ああ、そうか、これは会社支給の携帯です』



失礼しました、と律儀に謝ってくれる。

外を歩いているらしく、届く音声が安定しない。

< 20 / 223 >

この作品をシェア

pagetop