ビタージャムメモリ
【他にもご相談がありますので、一度打ち合わせにお伺いできたらと思います】
嘘じゃない。
取材要請のみならず、我々広報の手に余る深い質問やデータ提供をたびたび求められるようになり、何か手を打てないかと考えていた。
でも、口実ができたと思ったのも本当。
送信ボタンを押し、他の仕事に移ろうとする間に、返事が来た。
【多忙につき、取材以外の用件はメールでお願いしたく】
読んだ瞬間、血がざっと顔に上った。
見抜かれた。
透けてたんだ、少しでも先生に会えたらって邪な思いが。
(恥ずかしい…!)
でも、こんな冷たい書き方しなくても。
さすが氷の眞下。
なんて、悪いのは私だ、わかってる。
本社と先生のいる事業所の間は、電車で30分ほど。
そんな時間をかける前に、メールで済む連絡はメールで、と考えるのは当たり前だ。
せっかく築かれかけていた、先生からのささやかな信用をぶち壊してしまった気がして、一気に世界が暗くなった。
その時、バッグの中で携帯が鳴った。
知らない番号。
「…はい」
『先ほどの件、急ですが、今日の夕方空いていますか』
え?
電話の声というものは、脈絡がないと本当に誰だかわからない。
ただ今、私に"先ほどの件"で電話をかけてくる人は、一人しか思い当たらない。
「…眞下さんですか?」
『そうですが』
「あの…先日伺った番号と違いますが」
『ああ、そうか、これは会社支給の携帯です』
失礼しました、と律儀に謝ってくれる。
外を歩いているらしく、届く音声が安定しない。