ビタージャムメモリ
今回は写真も撮ることになっていたため、写りのいい応接会議室での取材となった。

黒い革のソファに座った先生が、にこりと微笑むと、記者さんはつられたように頬を緩め、胸をなでおろす。



「取材前は、もっと厳しい印象の方かと思っていたんですが、そんなことなくて、安心しました」



先生が、答えに困っているのがわかった。



「どうも最近、立て続けに言われるな」



雑誌社さんが帰った後で、思案げに呟く。

お湯飲みのお茶を新しくしながら、私は記者さんに同意した。



「確かにお会いした頃より今のほうが、柔らかいかもです」

「お会いした頃って?」



…あ。



「あの、初めて取材をお願いした時のことです、講師時代でなく」

「行きたいところ、決まった?」

「えっ? ええと、それがですね」



不意打ちされて、正直に打ち明けるしかなくなる。



「…決められないんです、あの、本当にどこでも楽しみなので、私は。せ、先生と一緒なら…」



撮影を邪魔しないよう、死角にパイプ椅子を置いて座っていた私は、その上で無意味にスカートのしわを直した。

お茶に手を伸ばした先生は、熱かったらしく、飲まずにゆすっている。



「場所じゃなくても、ただの要望でもいいよ、したいこととか」

「えっ、えーと…そうですね」



したいこと…。

テーブルを見つめて考える。



「あの、たくさんお話できると嬉しいです。た、たとえば映画だと、観てる間はお話できないので、そういうのより、えーと…」

「それを突き詰めると、うちにおいでってことになっちゃうので、まあ、車かな」

「はい、でもあの、先生のおうちでも、私は」

「ダメだよ、歩がいる」


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