ビタージャムメモリ
『甘いっつーの』
「歩くん…」
『どーすっかなー、帰れって言われたし、これ置いてこうかな。だーれも拾ってくれない場所に捨てるってのも、ありだよなー』
ナビ代わりにしていた先生の携帯が、コンソールボックスから消えているのに、この時まで私も先生も気づいていなかった。
くすねた携帯で、歩くんはのんびりと脅迫を続ける。
『迎えに来るなら待っててやるぜ、って巧兄に伝えて』
「一緒に聞いてるよ」
『あ、そーなの、怒ってる?』
…たぶん、相当。
怖くて正視できないけど。
『ざまあ。30分したらこれ置きっぱで移動するからな、じゃーな』
携帯をしまいつつ、おそるおそる先生のほうをうかがうと、彼はもはや怒りを通り越したのか、疲れていた。
背もたれにぐったりと身を預け、片手だけハンドルに置いている。
「…わが甥ながら…」
「も、戻りますよね…?」
横顔が冷ややかに沈黙する。
えっ、まさか携帯ごと見捨てる?
そんなところで氷を発揮しなくても、と心配した時、先生が深々と息を吐き、窓枠に頬杖をついた。
「歩は、本当に香野さんが好きなんだな」
「先生にかまってほしいだけですよ、きっと」
「香野さんは楽しそうだったね、歩がいても」
え…。
絶句した私を、じろりとにらむ。
「俺が気になってるのは、そこなんだよね」
あれ、これもしかして、私が怒られてる?
やがて出口が近づいてくると、先生は左車線に入り、高速を降りるらせん状の道路を、許される限りのスピードで抜け。
一般道に入って少ししたところで、ナビを設定するために車を路肩に停めた。
ハザードランプの点滅と、静かなアイドリング音の中、さっきのSAに戻るための道を確認している。
あの、と呼びかけても、返事はなかった。