ビタージャムメモリ
So Sweet
「お前な…」
「はい、笑って笑って」
「笑えるか!」
呼び出しに応じて、律儀に校門のところまで出てきてくれた歩くんは、終わりかけの桜の下で、怒っていた。
まったく笑顔を見せてくれないので、仕方なく仏頂面の写真を何枚か撮り、あきらめる。
「だって大事な歩くんの晴れ姿だもん」
「入学式じゃねーんだし、ただの始業式!」
「制服、似合う、かっこいいね」
紺のブレザーにブルーのネクタイ。
五月中旬なみの陽気になるらしい今日は、日なたにいると暑いくらいで、歩くんは肘の下まで袖をたくし上げている。
こなれた着こなしに、本当に高校生なんだとようやく実感した。
私の隣に目をやって、歩くんがうんざりと顔を曇らせる。
「巧兄まで何やってんだよ、会社は」
「せっかくだから。しばらく休み取るの忘れてたし」
「弓生に甘すぎるんじゃねーの?」
「本当は、お前が『弓生に会えて嬉しいけど気恥ずかしいから腹立てとく』様子を見てやろうと思って」
「むかつく!」
うーん。
この調子だと、私たちと同じことを考えた人が他にもいると知ったら、さらに怒るだろうなあ。
わかってはいるものの、無視も気の毒なので、歩くんにちょいちょいと、私たちの背後を指さして知らせた。
校門の前の街路樹の一本に身を隠していた梶井さんが、冷たい視線を受けて、びくっとする。
「あんたなあ…」
「いやっ、見るだけ、見るだけだから」
「何が"だけ"だよ、たまに誘ってもいいとは言ったけどな、あんたのたまにって、一日おきなわけ? なんなの? ヒマなの?」
「返事を待ちきれなくて」
「返す前に次が来るから、何書いていいかわかんなくなんだよ!」
木陰で小さくなって、ごめん、ごめん、としきりに謝りながらも、幸福そうに罵声を浴びている。
校舎から、珍しいメロディのチャイムが聞こえてきた。
「この曲、聞いたことあるね」
「プロムナードだろ、『展覧会の絵』の。俺、もう行くわ」
「お昼は食べないで、まっすぐ帰ってきてね」
「俺の学園ライフを応援してるのかしてねーのか、どっちなの?」