ビタージャムメモリ
03.ほころび

ひそひそと、前列の女の子たちが会話している。



『ヤマシタ、今日元気なくない?』

『そう? とりあえず赤いネクタイ可愛い』

『声好きだなー、録音したい』

『あれに似てるよね、えーと』



その頃流行っていたアニメの、いわゆる二枚目役の声優の名前を挙げて、彼女らはくすくすと笑った。

相変わらず巧先生は不思議な人気だ。



『以上、ここまでの内容で、何か質問は』



はい、と目の前の女の子が手を挙げ「先生、何かあったんですか」と訊いた。

先生はきょとんとして、どういう意味かな、と首をかしげる。



『疲れてるみたいなので』

『僕が?』



そうです、と甘えた声を出す学生をじっと見ながら、サインペンを両手でくるくるともてあそび。

やがて軽い音をさせてキャップを外すと、ホワイトボードに向き直った。



『“疲れ”の定義とは、なんだろう』

『え?』

『きみは僕のどこを見て、疲れていそうだと思った?』

『えっ、えーと』



予想外の展開に女の子はへどもどしながら、いつもよりぼんやりしてるっていうか、と答える。

そう、と先生が字を書きながらうなずいた。



『“疲れ”は発熱や痛みと並ぶ、肉体が出す危険信号だ。生体アラームという言葉を以前教えたね。ちなみに“疲労感”と“疲労”は違うから注意して』

『は、はい』

『“疲労”によってもたらされるのは、一時的な質的、量的パフォーマンスの減少だ。わかりやすい兆候に、反応速度の低下がある』



きみが僕に見たものはこれだろうと思う、と説明を続ける間にも、ホワイトボードは整った文字で埋まっていく。

講義はなしくずし的に、人間工学的“疲労”の話に展開し、そのまま終了した。

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