ビタージャムメモリ
『あたしはうまくいなされたのか?』
『それもあるけど、半分はあれ、素な気がする』
『ほんと研究バカ…』
女の子たちはおかしそうに、だけど満足げに教室を出ていった。
私はいつもそうするように、ゆっくりと教室移動の準備をしながら、古い校舎に残る、先生の声の響きを反芻していた。
「で、その巧センセーってのは、独身なの?」
「この子、誰、弓生」
いきなり会話に割り込んできた歩くんは、にこりと美しく笑んで早絵を黙らせると、馬鹿にしきった視線を私に向けてきた。
慣れた手つきで、テーブルの上から灰皿や置き去りのグラスを手早くさらい、さっと拭く。
「…知らない」
「リサーチ能力、低すぎだろ」
「左手って、なかなか見るチャンスなくて…」
「まあ、指輪してなきゃ独身かっつーと、わかんねーしな」
王子様然とした顔立ちから飛び出す粗野な言葉づかいに、早絵がぎょっとしている。
わかる、わかる。
歩くんが私の肩に肘を乗せて、台扱いする。
重い、と訴えると、こっちは疲れてんだ、と一蹴された。
「いい歳して憧れとか、女子ぶってんじゃねーよ、さっさと飲みにでも誘やいいだろ」
「だって、そういう感じじゃないんだもん…」
「こっそりときめいてる私、健気ってか、くだらね。向こうが結婚してたらどうする気?」
知らない、そんなの。
別にしてたって、してなくたって、関係ないし。
私はただ、昔の幼い恋心を思い出して、浸っているだけ。
…たぶん。
「その割には、思い出してもらいたくなくて必死なんだろ」
「それとこれとは」
「弓生さあ、あんたさあ」
──暗いんだよ。