ビタージャムメモリ
「私は柏(かしわ)といいます。入社してからずっと眞下さんの下でやってきてます。まずは発表会の中身を聞いてもいいですか?」
「は…は、はい」
実直という言葉をそのまま形にしたような人だった。
くりくりとよく動く瞳は、見るからに好奇心でいっぱいで、私はますます動転し、頭が真っ白になった。
どうしよう、どうしよう。
資料も持っていないし、企画書だって置いてきた。
あれを読み上げることができたら、この場をしのげるのに。
早くしないと、本社の人たちが来ちゃうよ。
でも、何から話せば…
「香野さんのお父上は、電子機器のエンジニアだったそうだ」
先生が、コの字に組まれた机の、柏さんたちと直角に位置する席について、口を開いた。
きっとそこが、定位置なんだろう。
「えっ、マジですか」
「何系の?」
「ご実家、どちらなんすか?」
「あっ、あの」
しどろもどろになりながら、さっき先生に話したのと同じ、父の説明をなんとかした。
へええ、とみんなが嬉しそうにする。
「業界仲間っすね、で、発表会って何するものなんすか。俺、まったくイメージできてなくて」
一番若いであろう一人が無邪気に尋ねた。
本当に若そうで、そういえば開発部門は、高卒や高専卒の人もいるのだと、思い出した。
彼らの普段の服装は、揃いの作業着だ。
先生くらいのポジションになれば別だけど、スーツを着る機会はほとんどないはずで、なんとなくそれが着こなしに表れている。
急に、何かが身体の底から湧いてきた。
この人たちの作ったものを、もっと広く、知ってほしい。
この研究で救われる人を、一人でも増やしたい。
「…私も初めてなので、他社…例えば携帯電話の筐体や自動車メーカーの事例から、この会社に合いそうな発表会を考えました」