ビタージャムメモリ
だって面白そうじゃない。

得意科目が文系だったからそっちに進んだだけで、私が憧れるのは、理系の世界だ。

理詰めの証明を求められるからこそ、考えられないくらいドラマチックなことが起こる世界。

変な趣味、と早絵に一蹴された。



「人気あったのは知ってるけどね、翌年登録しようとした子が、その講座がなくなってて泣いてたの覚えてる」

「いい講義だったよ、先生がすごく研究熱心なのが伝わってきて、出される課題も面白くて」

「かつ、講師がいい男だったと」



まあ、多分にそれも関係ある、絶対。

でも別に、キャーキャー騒がれる類のかっこよさではなかった。

どちらかというと、いかにも研究者という堅さが前面に出た感じの人で。

その奥ゆかしさと知性が、ひっそりと女学生たちの胸をときめかせていた。

少なくとも、私はそうだった。


ヤマシタというのは、当時のあだ名だ。

由来は他愛ない。

講座一覧で、フリガナに誤植があったのだ。


彼を正しく呼ぶ学生はおらず、私が仕事でメールのやりとりをしながらも、彼と気づかなかったのには、そこに理由がある。

まあ、まだ本人かどうか、わからないけれど。



「本人に決まってるじゃん、番号も同じなのに」

「だよね…」

「会いたくないわけ?」



わからない、と泣きたい気持ちで答えた。

あの衝撃の後、私は立ち直れないままで、今日が金曜日なら、飲んで騒いで寝てしまいたいと思うほど、追いつめられていた。



「弓生(ゆみお)、何やらかしたの?」

「若気の至り」

「先生、好きです、みたいな?」

「もう少しひどい」



予想の斜め上だったらしく、早絵がグラスビールを飲みながら、眉を上げる。



「抱いてください、とか?」



涙が出てきた。



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