ビタージャムメモリ
「これ、僕らが社内でよく使うプレゼン資料です、これを焼き直すのがいいんじゃないかと」
「こんなにちゃんとした資料が、もうあるんですか」
発表会の実施が決まったことを、肝心の巧先生に知らせるのを忘れていたのに気づいた私は、会社に戻ってすぐ電話をした。
すると彼はちょうど近くにいると言って、15分もたたないうちに広報部の内線を鳴らした。
「開発は常に、一番に突破しなきゃいけないのは社内なんですよ」
先生がPC上に出して見せてくれた資料の完成度の高さに、ぽかんとしていたら笑われた。
よく考えたら、その通りだ。
品質基準や損益分岐なんかの障壁は、すべて社内にある。
商品化、もっと言えば「開発していいよ」という許可を会社からもらうまでが、彼らの最初の闘いなのだ。
「私、ほんとに何も知らなくて…」
「商品化されなかったものは、広報部まで情報が届きませんから、当然です。この機会に、こんな流れもあるんだと知ってください」
ちょうどあいていた小振りの会議室でふたり、先生のノートPCを覗き込む。
間近で優しく微笑まれて、私は精一杯のうなずきを返した。
「それにしても、よくこんな早く実施にこぎつけましたね」
「私も驚いたんですが、執行会議ですんなり、というかむしろ突き上げを食らうような感じで、早急にやるようにとなったらしくて」
「執行会議?」
雑談になってきたせいか、先生がそれまでしゃっきり伸ばしていた背筋を緩めて、机に頬杖をついた。
その恰好でこちらを見るので、場がなんだかやけにくつろいだ空気に包まれて、私は恥ずかしさにもじもじしてしまう。
そうです、と小さな声で答えると、それでわかった、と先生が納得げにうなずいた。
「わかった?」
「執行役員のひとりに、個人的にこのプロジェクトを応援してくれている人がいるんです、彼が推してくれたに違いない」
「えっ、それなら、どうしてこれまで」
「僕ら開発からすると、執行会議というのは、果てしなく遠いんですよ」
…そういうものなのか。
私のいる広報部は、共通部門の中でもどこにぶらさがるわけでもない独立部署なので、会社的な判断を仰がなきゃ、となったら執行会議にかける。
反対に、開発部門は巨大なピラミッドを成しているので、そこにたどり着くまでにふるい落とされている企画が無数にあるんだろう。