ビタージャムメモリ
顔を上げると、先生も、えっとこちらを見た。



「あ、失礼、元からそんな予定ではありませんでしたか」

「いえ、いくばくかは広報の社内交際費からと…」

「いいですよ、本当にお気遣いなく。都会で飲む理由ができただけで浮かれる奴らですから」



楽しみにしています、とにこりと笑う顔には、その言葉が嘘じゃないと書いてあって、私はもう、ほとんど有頂天だった。

場所探します! と勢いよく言うと同時に、なんでか立ち上がってしまい。

先生はぽかんとそれを見て、はいお願いします、と笑った。





「浮かれすぎだろ」

「ねえ、いいお店知らない? 知る人ぞ知るって感じで、連れていったら株が上がるような!」

「意外と俗物だな、お前」



今日ばかりは歩くんの侮蔑的な言葉もまったく気にならない。

私は実際浮かれていて、早絵すらも引かせるほどだった。



「ふたりきりってわけじゃないんだろ? だったら一次会は無難に、そこそこメジャーなところにしたほうがいいと思うぜ」

「そっか」

「変に隠れ家っぽいより、人数とか食の好みとかにぴしゃっと合ってるってほうがポイント高いんじゃねーかな」

「私入れて6人で、先生はワインが好きなんだって!」

「赤? 白? 産地は? 味の好みは?」

「…ワインってだけ…」



歩くんは私を無視し、フロアにいた女性から空のグラスを受け取ると、美しく微笑んで次の飲み物を聞いた。

ぽつんとスタンドテーブルに取り残され、私って社会性ないのかな、とさみしく反省してしまう。


私的には、とっさに飲み物の好みを聞けただけでも自分をほめてやりたいくらいだったんだけど。

リサーチ能力低すぎ、と言われても、これじゃ仕方ないのかもしれない。


早絵はと見ると、目当てのバーテンさんと着実に距離を縮めているようで、さすがだ。

いいなあと見ていると、ごつんと後頭部を小突かれた。



「いた」

「もし二次会に持っていけそうだったら、その巧先生が絶対好きそうなとこ、教えてやるよ」

「えっ、ほんと!」

「駅からちょっと歩くから、一次会の場所はうまく選べよ、駅南の五叉路、わかるだろ?」


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