ビタージャムメモリ

うん、とうなずくと、グラスの乗ったトレイを片手に持った歩くんが、卓上のコースターの裏に何か書いてくれる。

どうやっても動いてしまう紙のコースターを、押さえてて、と言われその通りにすると、するすると地図が描かれ、一点に矢印が添えられた。



「ここの地下2階、雰囲気あるけど高すぎないバーで、ワイン好きなら絶対気に入る。ただ騒げないから、誰連れてくか吟味しろよ」

「ありがとう…!」



歩くんは私の背後から手を伸ばすようにして書いていたので、振り向くとすぐ近くに顔があった。

珍しく優しく、どういたしましてと微笑んでくれる。



「歩くんて、いくつ?」

「そういう質問は、先生にとっとけよ」



トレイを掲げた肘で、私の頭を親しげに押しやって、去っていく。

彼が書いてくれたわかりやすい地図を見て、これを無駄にはすまいと心に誓った。





「俺、こっち手伝うことになったよ、どこまで進んでる?」

「わあ、本当ですか、心強いです!」



部長と話していた先輩が、戻ってくるなり声をかけてくれた。

振り向くと部長が、頑張ってねーとにこにこ手を振っている。

配置を変えてくれたのだ、ありがたい。



「メディアのリストを作ったので、一斉に案内状を流したくて」

「案内状の文面は?」

「草案だけできているので、チェックいただいていいですか」

「もちろん、後で部長にも見てもらおう、あと詰まってるところは?」



それが…と声が小さくなった。

一番肝心のところが、にっちもさっちもいかなくなっているのだ。



「お客様の募集、ですか」

「確かに、今から業界誌などで声をかけていたら間に合いませんね」



当然ながら先輩も参加することになった初めての定例会で、今まさにつまずいているところを報告すると、先生たちも思案顔になる。

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