ビタージャムメモリ
そっす、と悪びれない若手さんたちのために、先生はまじめな顔でワインリストを睨みはじめた。



「眞下さん、けっこう飲まれるんですね」

「この人、めちゃくちゃ酒豪なんだよ、全然酔わないし」



野田さんと同期の佐橋(さはし)さんが話すのを聞いていて、意外だなと思った。

そんなに飲むようなイメージじゃないのに。

いつか使う時のために、この情報は心にメモしておこう。



「眞下さん、携帯鳴ってますよ」

「ん、じゃあイタリアのこれ、オーダーしてもらっていいですか」

「はい」



店員さんを呼んで、指示されたワインのカタカナをなんとか伝えている間、先生は仕事の件らしく、少し周りを制して話をしていた。

やがて満足げに微笑むと、お礼を言って通話を終える。

いつの間にかみんなの視線が集まっていたことに気づいたのか、ちょっと驚いた顔をしてから、にっと笑った。



「例の医療機関からだった、お客様集めにぜひ協力したいと。すでに何組かのお客様とはお話もできているそうだ」

「やったじゃないですか!」

「香野さん、野田さん、僕らにとってもこれはありがたい機会です、お客様に直接会えることは、そうないので」

「僕は何もしてないですよー、頑張ったのは香野さんです」



野田さんが私の肩を叩いてくれる。

気が楽になったのか、先生はにこりと柔らかく微笑むと、ネクタイをくつろげて、飲みましょうか、とグラスを掲げた。





歩くんから教わったお店は、私が気後れするほどのシックなバーで、でも彼の言った通り、先生はすごく気に入ったみたいだった。

一次会が終わり、時刻は22時前。



『お前、子供生まれたばかりなんだろ』

『そうですけどー、でもせっかくのー』

『また機会もある、今日は帰れ』



先生に諭されて、はあい、と後ろ髪を引かれているのが丸わかりな様子で佐橋さんが駅の方へと去っていく。

続いて一番若手の方も、遠方なので電車が、と泣きながら帰り、野田さんも奥さまが風邪気味ということで、残念そうに辞去した。

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