ビタージャムメモリ
「ええと、どうしてでしょう、経歴で拝見したのかも…」
「俺はその話を誰にもしてない、絶対だ。なぜ知ってる?」
人が変わったような詰問口調に、怯えが走る。
どうして。
この話題、そんなに嫌でしたか。
先生が向かいのふたりをちらっと確認したのがわかった。
彼らはこちらの空気には気づかず、まだ話し込んでいる。
「…私、先生の講義を受けていたんです」
先生の怒りがどこに向いているのかわからず、従ってどの方向に逃げればいいのかわからなかった。
正直に打ち明けるしか、なかった。
ひざに置いた手が震えた。
「何かお飲み物は」
その時、店員さんが先生に声をかけた。
先生は、はっとそちらを向いて、空になった自分のグラスを見ると、即座に言った。
「いえ、会計を」
「かしこまりました」
「眞下さん、なんで会社で煙草吸わないんですか」
そろそろ帰り時だと感じたのか、煙草を灰皿で潰しながら柏さんが尋ねる。
「同居人が煙草嫌いなんだ」
「あっ、なーんだ、やっぱりそういう相手、いるんですね」
酔っぱらいの揶揄に、違う、と答える声は、もう私の耳に、ぼんやりとしか届かなかった。
すぐ隣にいる先生から感じる、強烈な拒絶。
涙をこらえるだけで、精一杯だった。