ビタージャムメモリ
05.歩
議事録を送った時も、代理店さんとの打ち合わせで出た確認事項を投げた時も、先生から返信はなかった。
その代わり柏さんが、先生と同じくらい素早く返事をくれて、先日の飲み会のお礼などが添えられていた。
木曜日と金曜日は、そうやって過ぎた。
「うわ、弓生か、びっくりした!」
「歩くん…」
来てはみたものの、ひとりでクラブに入る気にはなれず、入口の前でうずくまっていた。
金曜の夜だけあって、人の出入りは多い。
邪魔にならない場所でぼんやりしていた私を、ようやく見つけてもらえたのは、どれだけたったかわからない頃だった。
ゴミ袋を両手に持っていた歩くんは、一度お店の裏に消えると、手ぶらで戻ってくる。
そのてきぱきとした動作を見ていたら、急に自分がどうしようもなくダメな人間に思えてきて、ついに涙があふれた。
「おいおい」
歩くんが目を丸くして、胸ポケットに入れていた白いナプキンを差し出してくれた。
それを顔に押しつけて声もなく泣く私を、腕を引っ張って立たせ、路地裏のほうに連れていく。
「お前、すげえ冷えてんじゃん」
「う…」
「もう夜は寒いんだからさあ、しっかりしろよ、いくつだよ」
バカにした口ぶりながらも、気遣わしげに手を握ってくれた。
その指が温かくて、ますます涙が出た。
歩くん、私、教えてもらったお店も使って、せっかく途中までうまくいってたのに、自分から全部ぶち壊しちゃった。
どうしておとなしく口を閉じていられなかったんだろう。
なんで能天気に、都合のいい結果しか想像できなかったんだろう。
「いつもの派手な友達は?」
「出張中だから…ひ、ひとり…」
「そんなに泣くな」
「先生…」
「俺は先生じゃねー」
あきれながらも、あやすように頭をなでてくれる。
ふたつの雑居ビルの隙間みたいな細い路地で、歩くんが片方の腕で肩を抱き寄せてくれたので、それに甘えて胸を借りて泣いた。
嗚咽の合間にぽつりぽつり事の次第を語る間、歩くんはリズムを取るように、肩に回した手で私をぽんぽんと叩いていた。