ビタージャムメモリ
06.どん底
「ご出張ですか」
「ええ、性能試験のために。忙しい人なんですよ、ほんと」
そうですか、という声に安堵が出すぎていないことを祈った。
定例会の日、先生たちの事業所に赴いた私と野田さんは、古めかしい会議室に通され、資料の準備をしていた。
始めましょうか、と柏さんが引き連れてきたメンバーの中に先生の姿はなく、聞けば昨日からまた出張だという。
「あの、先週もどちらか行ってらっしゃいましたよね?」
「よくご存じですね、あれは…東北のほうかな?」
「ですね、国立大から呼ばれて」
柏さんと杉浦さんがうなずき合う。
あの土曜日に、『お帰り』と歩くんに迎えられていたのは、それだったのだ。
本当に忙しいんだ。
もしかしたらキックオフ以降、私の連絡に答えてもらえなかったのも、特に意図があるわけじゃなく、単に多忙だったからかもしれない。
そう思うと少し救われた気もするけれど、もはや私は、そこではない部分で自分の信用を地に落としめてしまったので。
要するに、事態はあまり変わりないのだとあきらめた。
「では運営部分の進捗をご報告しますね、あっ…その前に」
私は昨日の、中傷ともいえる記事が出てしまったことについて、改めてお詫びした。
「本当に申し訳ありません、今、部署をあげてフォローの方法を探していますので」
「いやいや、そういうPR戦略はこちらは門外漢ですし、謝っていただくことじゃないですよ」
「でも、こちらから提案した技術発表会が裏目に出てしまったようなもので、広報部としても、私個人としても、申し訳なくて…」
「気にしすぎですよ、香野さん」
頭を下げた私を、メンバーの四名が笑った。
「あの記事にあるように、我々は確かに会社の本業とはまったく違う分野に参入しようとしています。そこを指摘されるのは当然です」
「むしろこれまでの広報さんのおつきあいを、こちらがややこしくしてしまったのではと気を揉んでいたくらいで」
「ありがとうございます…」
柏さんたちの言葉が、心底ありがたい。
言っているほど、彼らが情報戦に無関心だとは思わない。
私の立場を慮って言ってくれているのだろうことは、想像できた。