ビタージャムメモリ
理知的な、細いフレームの奥の瞳が、細められる。

一気に体温が上がったような下がったようなで、足を踏ん張っていないと、倒れてしまいそうだった。


どうしよう、本物だ。

私の、自分史上最悪と言ってもいい恥を知っている、あの巧先生だ。


やっぱり逃げたい。

でも仕事だ。


先生が、私をまじまじと観察し、訝るように眉をひそめた。



「…香野さん?」



終わった、と思った。

でもせめて、ちゃんと成長したところを見てほしい。


握りしめていた手を、なんとか身体の前で重ねて、少しでも頼もしげに見えることを願いながら、微笑んでみる。

ご無沙汰しております、と精一杯気取ろうとした時。



「女性でしたか」



淡々と放たれた言葉に、開いた口の行き場を失った。





「ええ、副産物と言って差し支えありません、私のいる技事では、失礼」



技術開発事業部では、と言い直す。



「医療テクノロジーというのは、完全なる支流でした」

「それが今や、押しも押されぬ注目商品ですか」



ライターさんのお追従に、いいえ、と先生は平静に返した。



「たまたま他にない原理の器具だっただけで、数年後には後続の商品が他社からも出て、競争が始まるでしょう」

「危機感はあるということですか」

「当然です、ですが我々のアドバンテージは、産機メーカーであるがゆえの総合力にあります、物流もサービスも自社に機能がある」


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