ビタージャムメモリ
歩くんが言葉に詰まった。

その手を離さないようしっかり握って、男の人に尋ねる。



「オーナーさんて、この中ですか、私も行きますんで」

「おい、弓生」

「一緒に謝ってあげるから、行こう」

「よけいややこしいだろ!」



ビルの入り口の前で押し問答していると、男の人が、あのー、と困惑気味の声をかけてきた。



「ちなみにあなたは、どちら様ですか、歩の何?」

「えっ、私? 私は、ええと…」



改めて訊かれると、答えに困る。

友達って年齢でもないし、ただの知り合いというのも、なら首を突っ込むなと言われてしまいそうで迷う。

歩くんの手を握りしめながら、ええと、と言葉を探して、思いつくままに口を開いた。



「こ、このタトゥーを、入れた者です!」





「すっごい怒られた…」

「あんな嘘、つくからだ」



半泣きの私を、さすがに気の毒そうに歩くんが慰めた。

オーナーさんというのは、巧先生と同年代くらいの、見るからに頭の切れそうな男性で、通された地下の部屋で、私は竦み上がった。

軽率でした、働かせてください、と歩くんの頭も一緒に下げると、しばらくそのままにさせておいてから、彼は私だけ残して歩くんを退室させた。

その後、歩くんを導くべき年齢に見えるのに何をやっているのかとこんこんと説かれ、最後には『うちの歩に手を出すな』と叱られまでした。

なんか私、最近あちこちでそんなことを言われてる。



「歩くんは、お許しをもらえたの?」

「てことだろうな」



じゃあ、働けるんだ。

青白い蛍光灯が照らす、コンクリート打ちっぱなしの廊下を歩きながら、私は喜んだ。

私が叱られている間に落としたらしく、首のタトゥーはだいぶ目立たなくなっている。

私はバッグからコンシーラーを取り出して、歩くんに渡した。



「これ、あげる。塗ればもう見えなくなると思うよ」

「サンキュ、後でちゃんと、これやったのお前じゃないって説明しとくよ。ごめんな、さっきタイミングなくて」

「歩くん、オーナーさんにちゃんと愛されてたよ、頑張って謝ってよかったでしょ?」

「お前、俺の歳知ってから、年上風吹かせすぎじゃねえ?」


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