ビタージャムメモリ
吹かせたくもなる年齢なんだってば!
鬱陶しそうな顔をする歩くんに、そっちこそ少しは敬えと言ってやりたくなった時、ふいに肩を押された。
「弓生はそっちで待ってて」
「え?」
廊下の左手にある鉄のドアを指してそう言い残すと、自分はそのまま廊下を進む。
私はよくわからないまま、指示されたとおりにドアを開けて、その向こうにあった空間に目を丸くした。
渋い赤の絨毯に埋め尽くされたフロアに、アイボリーのソファ席がいくつも並んでいる。
天井には輝くシャンデリア。
フロアの中央にはグランドピアノが1台置いてあり、女の人が曲を奏でていた。
私のくぐったドアはフロアの隅っこの目立たない場所にあり、スタッフ用の出入口らしかった。
照明の光の届かないそこに、ぽつんと立ったまま、ソファを埋める人々を見回す。
スーツの人も私服の人もいるけれど、一見して、上等な人たちの集まりだとわかった。
クラブというより、サロンと呼びたくなる感じだ。
ふとピアノの音が止んで、女性が席を立った。
フロアを横切って、入れ替わりにそのスペースに現れたのは、歩くんだった。
バイオリンを持っている。
…え?
歩くんは軽く一礼をすると、おもむろに弓を弦に当てる。
艶やかな飴色の楽器から流れ出てきたのは、私でも知っているジャズの名曲だった。
あくまでBGMなんだろう、奏者や音が主役にならないように、照明や音響が工夫されているのがわかる。
それでもその澄んだ音色に、フロアの人々が注目した。
中には歩くんが来るのを待ちわびていたように、相好を崩して聞き入る人もいる。
私はぽかんとして、突っ立ったままその様子を見ていた。
途中、年配の男性が登場してピアノの前の椅子に座り、満を持したように伴奏を始めると、音は一気に華やかさを増した。
歩くんは古典も織りまぜながら、次々と曲を奏でる。
なんて綺麗な音だろう。
それに、なんて楽しげに弾くんだろう。
「戻ってきてくれてよかったですよ」
ふいに声をかけられて横を見ると、いつの間にかさっきの男の人が立っていた。
滝沢(たきざわ)さんというのだと聞いた。
フロアの中央でライトを浴びる歩くんを満足げに眺めながら、ひそめた声で話しかけてくる。
鬱陶しそうな顔をする歩くんに、そっちこそ少しは敬えと言ってやりたくなった時、ふいに肩を押された。
「弓生はそっちで待ってて」
「え?」
廊下の左手にある鉄のドアを指してそう言い残すと、自分はそのまま廊下を進む。
私はよくわからないまま、指示されたとおりにドアを開けて、その向こうにあった空間に目を丸くした。
渋い赤の絨毯に埋め尽くされたフロアに、アイボリーのソファ席がいくつも並んでいる。
天井には輝くシャンデリア。
フロアの中央にはグランドピアノが1台置いてあり、女の人が曲を奏でていた。
私のくぐったドアはフロアの隅っこの目立たない場所にあり、スタッフ用の出入口らしかった。
照明の光の届かないそこに、ぽつんと立ったまま、ソファを埋める人々を見回す。
スーツの人も私服の人もいるけれど、一見して、上等な人たちの集まりだとわかった。
クラブというより、サロンと呼びたくなる感じだ。
ふとピアノの音が止んで、女性が席を立った。
フロアを横切って、入れ替わりにそのスペースに現れたのは、歩くんだった。
バイオリンを持っている。
…え?
歩くんは軽く一礼をすると、おもむろに弓を弦に当てる。
艶やかな飴色の楽器から流れ出てきたのは、私でも知っているジャズの名曲だった。
あくまでBGMなんだろう、奏者や音が主役にならないように、照明や音響が工夫されているのがわかる。
それでもその澄んだ音色に、フロアの人々が注目した。
中には歩くんが来るのを待ちわびていたように、相好を崩して聞き入る人もいる。
私はぽかんとして、突っ立ったままその様子を見ていた。
途中、年配の男性が登場してピアノの前の椅子に座り、満を持したように伴奏を始めると、音は一気に華やかさを増した。
歩くんは古典も織りまぜながら、次々と曲を奏でる。
なんて綺麗な音だろう。
それに、なんて楽しげに弾くんだろう。
「戻ってきてくれてよかったですよ」
ふいに声をかけられて横を見ると、いつの間にかさっきの男の人が立っていた。
滝沢(たきざわ)さんというのだと聞いた。
フロアの中央でライトを浴びる歩くんを満足げに眺めながら、ひそめた声で話しかけてくる。