ビタージャムメモリ
「歩はファンが多いんですよ、ビジュアルもいいし、なんたって音が、若くて甘くて、魅力的でしょ」
「あの、歩くんは、ずっとここで?」
「ここ半年くらいは定期的に弾いてますね、前は学校があるっていうんで、あんまり頻繁に来てもらえなかったんだけど」
「歩くん、学校行ってるんですか」
思わず正直な疑問が口から出た。
年齢からすれば高校生だけど、こんな夜型の生活をしていて、普通に通学しているとは思えなかったからだ。
滝沢さんは、何を言っているのかという顔で私を見た。
「音大付属ですよ」
「えっ…」
「うちは素性もちゃんとした人間にしか弾かせませんからね、ちょっとうまいくらいじゃ満足してくれないお客様ばかりなんで」
歩くんが、音大付属の生徒!
そりゃ、あれだけ弾けるわけだ…。
滝沢さんは、お客さんの反応をチェックするように室内に視線を走らせて、最後に腕時計を見ると、おっと、と声をあげた。
「行かないと。歩はあと10分くらい弾いてから一度ブレイクに入ります。休憩中に変なことさせないでくださいよ」
「変なこと?」
とんとん、と自分の首の後ろを指差してみせる。
あっ!
私、歩くんとそういう関係だと思われてる?
慌てて否定しようとする私に微笑みかけて、彼はさっきのドアから出ていった。
それからさらに数曲奏でると、歩くんは先ほどの女性のピアニストと交代して、まっすぐこちらにやって来た。
バイオリンと弓を片手に持って、にこっと笑う。
「どうだった?」
「びっくりしたよ…」
「よかった?」
「もう、すごい素敵だった、いつからやってるの、バイオリン」
返事はなく、いきなり片腕で抱き寄せられた。
あれだけ弾き続けるというのは、体力を使うものなんだろう、その身体はしっとりと湿っていて、熱い。
「ここで弾くの好きなんだ。弓生のおかげ、ありがと」
「歩くん、汗だくだよ」
「ライトが暑いんだよ」
いい匂いのする首に腕を回して、黒い髪をなでる。
私の首筋に顔を埋めた歩くんが、くすぐったそうに肩をすくめて、私の首にいたずらっぽいキスをした。
こら、と押し戻そうとすると、ますますふざけて、じゃれるように甘噛みして、舐めてくる。