ビタージャムメモリ
「くすぐったいよ」
「ここ弱いんだろ、弓生。こないだもここくすぐってやると、キャッキャ言って喜んでたんだぜ」
「は、えっ!?」
私は仰天し、向こうの身体を全力で引っぺがした。
歩くんは舌を出してにやにやと、子供らしからぬ表情を浮かべている。
「キャッキャッて…」
「『弓生、暑いんじゃない?』って訊いたら、『暑い!』って言って脱ぎだしてさ、お前ちょっとチョロすぎだよ、気をつけたほうがいいよ」
「わ、私、自分で脱いだの?」
「俺が脱がせたと思ってたのかよ?」
心外そうな顔をされて、恥ずかしさに気を失いそうになった。
真っ赤になった私の頬を、歩くんが軽くつまむ。
「今日のお礼に、巧兄の誤解は解いといてやるよ、あの人、俺らがやったもんと信じ込んでるからさ、まあそれを狙ったんだけど」
「や…!?」
「ほんと頭固いよなー、そこがまたいいんだけど…」
歩くんの言葉が、なんでか途切れた。
頬をくすぐっていた指も止まり、私の頭越しにどこかを見ている。
振り向いて、私も息を呑んだ。
巧先生が立っていた。
「巧に…」
薄手のニットにチノパンというカジュアルな服装の先生は、数歩で距離を詰めると、歩くんの頬を叩いた。
本気ではないのがわかる強さだったけれど、それでも歩くんはショックだったようで、呆然と先生を見返す。
「問題を起こさない約束で、置いてもらってたんだぞ」
「ごめん…」
涙を浮かべて、うつむいてしまう。
あれほど謝るのを嫌がっていた彼が、巧先生の前ではこんなに素直に謝罪の言葉を口にするのを見て、胸が痛んだ。
「前川(まえかわ)から連絡をもらったんだ、どうも妙なつきあいをしているらしいな?」
「そんなの、してねー」
「じゃあこれは、なんだ」
ぐいとシャツの襟を引かれて、歩くんがよろけた。
服に隠れる部分には、まだタトゥーが完全に残っている。
歩くんもすらりと背が高いけれど、先生はそれを少し超えて高い。
首根っこをつかんだような体勢で襟の中を覗き込んだ先生は、難しい顔で息をついた。
「少し自由にさせすぎたか」
「ねえ、俺、ここで弾くのは続けたいんだ、だから…」
「だったらそれなりに、節度のある生活をしてみせろ」