ビタージャムメモリ
歩くんは何も言えなくなって、視線を落とす。
その時、先生の目がふと私を見た。
「…あの」
「もう歩に近づかないでもらいたい」
そんな、という言葉は、声にならなかった。
私、別に、そういうんじゃ…。
「巧兄、違うって、弓生は俺を…」
「お前は黙ってろ、香野さん」
「はい…」
眼鏡の奥から、射るように見据えられる。
私は立ちすくんだ。
「歩は大事な甥で、まだ子供だ。悪ふざけを止めてやれないのなら、会わないでほしい」
「私…」
「僕の監督不行き届きもあった。しばらくは目の届くところに置いて家で過ごさせる。だからもう会う機会もないと思うが」
「巧兄、本気かよ」
「あの、私…!」
たまらず上げた声は、切羽詰まった響きになった。
先生の顔を見ることができず、バッグを握りしめる。
「…これで、失礼します」
頭を下げて、ドアのほうへ行きかけた時、思い出した。
バッグを探って、ペーパーナプキンでくるんだ小さな包みを取り出し、先生のもとに戻る。
「これ、歩くんにと思って…。焼きたてなので、こんな包みなんですけど」
クッキーを先生の胸に押しつけて、きびすを返してそのままドアを走り抜け、出口を目指した。
泣くもんか。
ちっとも人の話を聞こうとしない、あんなわからずやの先生のせいでなんて、泣くもんか。
先生の心配ももっともだ。
歩くんは大人びているくせに、どこか危なっかしい。
まだ、誰かが見ていてあげないといけない。
でも、少しくらい言い訳させてくれたっていいのに。
私って、その程度でしたか。
一度は信頼を預けてくれたのに。
私にかかっている、と言ってくれたのを、忘れたことはないのに。
なんでこんなことになっちゃったんだろう。
どん底と思ってたけど、底にはまだ着いてなかったらしい。
まだまだ落ちていく可能性もあることに気づいて、なんだか何もかも嫌になって、タクシーで家に帰り着くなり、布団をかぶって泣いた。
その時、先生の目がふと私を見た。
「…あの」
「もう歩に近づかないでもらいたい」
そんな、という言葉は、声にならなかった。
私、別に、そういうんじゃ…。
「巧兄、違うって、弓生は俺を…」
「お前は黙ってろ、香野さん」
「はい…」
眼鏡の奥から、射るように見据えられる。
私は立ちすくんだ。
「歩は大事な甥で、まだ子供だ。悪ふざけを止めてやれないのなら、会わないでほしい」
「私…」
「僕の監督不行き届きもあった。しばらくは目の届くところに置いて家で過ごさせる。だからもう会う機会もないと思うが」
「巧兄、本気かよ」
「あの、私…!」
たまらず上げた声は、切羽詰まった響きになった。
先生の顔を見ることができず、バッグを握りしめる。
「…これで、失礼します」
頭を下げて、ドアのほうへ行きかけた時、思い出した。
バッグを探って、ペーパーナプキンでくるんだ小さな包みを取り出し、先生のもとに戻る。
「これ、歩くんにと思って…。焼きたてなので、こんな包みなんですけど」
クッキーを先生の胸に押しつけて、きびすを返してそのままドアを走り抜け、出口を目指した。
泣くもんか。
ちっとも人の話を聞こうとしない、あんなわからずやの先生のせいでなんて、泣くもんか。
先生の心配ももっともだ。
歩くんは大人びているくせに、どこか危なっかしい。
まだ、誰かが見ていてあげないといけない。
でも、少しくらい言い訳させてくれたっていいのに。
私って、その程度でしたか。
一度は信頼を預けてくれたのに。
私にかかっている、と言ってくれたのを、忘れたことはないのに。
なんでこんなことになっちゃったんだろう。
どん底と思ってたけど、底にはまだ着いてなかったらしい。
まだまだ落ちていく可能性もあることに気づいて、なんだか何もかも嫌になって、タクシーで家に帰り着くなり、布団をかぶって泣いた。