ビタージャムメモリ
「急だけど、明日会ってくれるって。僕だけで行ってくるね」
「お詫びという姿勢ですか?」
「そこまではっきりは、こちらからは言わなかったけどー」
部長が老獪な笑みを見せる。
野田さんも心得顔でうなずいた。
こちらの無作法が発端とはいえ、向こうが出した記事のことを考えれば、そんなに一方的に頭を下げるのもおかしいという考えだ。
広報歴も浅い私はそのあたりの温度がわからないので、口を挟まないようにした。
「香野さん、先方に持っていくお土産をお願いしていいかな、予算は1万円で、会社へというよりは、編集長へって感じの」
「はい」
と受けたはいいものの、けっこう難題だ。
私は仕事をするかたわら、頭の中でお土産のことを考え続けた。
お詫びという言葉はないにせよ、こちらからの誠意を表すものでないとまずい。
それから"会社へというより編集長へ"というのが難しい。
小分けのお菓子とかではない。
かといってあまりにプライベート向けなものを贈るのもおかしい。
「なんでかそういうのって女性社員に振られるよね」
思い悩んだ末、ランチに呼び出した早絵が共感してくれた。
こういう時、勤め先が近いというのは重宝する。
「うちの部長宛てに送られてきた中に、高級はちみつってのがあったよ、値が張るわりにかさばらないし、人にあげてもいいし、賢いと思った」
「なるほど」
メモメモ。
これまで思いついたものを書き留めておいたメモ帳に、それも追加する。
場所を選ぶ時間がなかったのでとりあえず飛び込んだカフェで、早絵が頬杖をついてそんな私を見た。
「それこそ、大人の男代表で、巧先生にアイデアもらったら?」
「あああ…」
ペンを落とした。
早絵には先々週から続くあれこれを説明していない。
そのタイミングがなかったからでもあるし、なんだかもう、説明しようにもわけがわからなすぎるからでもあった。
動揺した私に、早絵は訝しげな視線を見せたものの、とりあえずは触れずにいておいてくれた。