ビタージャムメモリ
当初予定していた技術論を超えて、もはやビジネス論の様相を呈してきたのを、本筋に戻そうか迷って、やめた。

技術部門に属しているとはいえ、開発から市場までを統括して見る立場にいる先生がそれを語るのは、決して筋違いではないし、ライターさんの食いつきもいい。

きっと好意的な、いい記事を書いてもらえる。


先般、福祉器機の展示会で、いわば門外漢と言えるうちの会社が発表した技術が、話題を呼んだ。

それはメイン事業である、発電機やモービルなどをつくる産業機器の開発部門の片隅で、ひっそりと生み出されたものだった。


長年、こつこつと研究を重ね、出資してくれる企業を探し、ついに日の目を見たその新技術の立役者が、彼だ。

技術開発事業部、電子技術部、特殊装具グループ長。


眞下巧。


いかにも妙ちきりんな命題を押しつけられて、隅に追いやられていた感じの所属名に、なぜか私が悔しくなってしまう。

でもこうして、ふいに表舞台に登場したグループ長は、周囲の称賛や奇異の視線をまったく気にせず。

淡々と取材に応じ、要請があればどこにでも技術説明に行き、おごることも、日陰だった身を愚痴ることもなく。

気づけば社内では、有名人だ。


…なんて考えを巡らす余裕が出たんだから、人って単純だ。

少しの痛みと、安堵を胸に、クールな横顔を眺めた。


そう、巧先生は。

私を覚えては、いなかった。



『失礼しました、男性だとばかり』

『よく言われるんです』

『でしょうね』



会議室までの間、歩きながらそんな会話を交わした。

弓生という私の名前は、かなを振ってさえ男と間違われ続けてきたので、その誤解も今さら驚かない。


紛らわしくてすみません、なんて一人で笑いながら。

心の中は、複雑だった。


あの恥ずかしい想い出を、再び封じ込めることができそうなのにほっとして。

顔はおろか、名前も記憶していてもらえなかったことに、落胆を覚えて。

そんな自分に、呆れて。

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