ビタージャムメモリ
「あの、先週、野田さんからメールさせていただいた件なんです、webに記事を書いた媒体の、編集長さんへご挨拶に行くことになり」
「ああ、読みました」
「本当に申し訳ありませんでした、こちらでもっと慎重に動いていれば、避けられたはずの事態だったんです」
「いや、それはいいとして、あれを書いた方には、ぜひ技術発表会に来てほしいですね」
「え?」
それはいいとして?
食料品売り場の通路で、先生は思案げに口元に手をあてた。
「記事を見るに、技術の中身についてはよく知らないという印象を受けたので。大手サイトにも転載される媒体なのであれば、ぜひ正確な記事を書いてほしい」
「もちろん、改めてご招待はしますが、いらしていただけるかどうかは…」
「ぜひお願いしたいな、内容はさておき、非常にわかりやすく端的な記事でした。今回の技術について、あんなふうに書いてもらえたら理想です」
…はあ、と思わずぽかんとしてしまう。
あれだけひどいことを書かれておきながら、先生は、そんなふうに受け取ったんだ。
前向きというのか、合理的というのか。
…"研究バカ"の目というのか。
「もし来てもらえるのなら、僕がご説明等、対応します」
「あっ、それはとてもいい情報かもしれません、お誘いするのに」
「であれば僕に関する限り、何を約束してきてもらってもいいですよ、そのとおりに動くので」
私がじっと見上げているのに気づいたのか、先生が言葉を切り、「何か?」と見つめ返してきた。
歩くんのことや、講師時代のことを持ち出さない限り、先生は"広報部の香野"に対して、こうしてちゃんと接してくれるらしい。
それはほっとするような、むしろ緊張を強いられるような、複雑な状況といえた。
「いえ、あの」
その時、早絵の言葉を思い出した。
甘えてみても、許されるだろうか。
「あの…もしよかったら、アドバイスをいただけませんか、編集長への贈り物が、私ではなかなか決められなくて」
「僕でよければ」
賭けるような思いで言った私に、先生はためらいなくうなずき、編集長の年齢や趣味嗜好などを聞いてきた。
私は頼んでおきながらどぎまぎしつつ、知る限りのことを話した。
けれど疎遠だっただけあって情報は少なく、先生も悩む様子を見せる。