ビタージャムメモリ
「確かに難しいね」
「すみません、お急ぎですよね、私、もう少しいろいろ回って、考えます」
「いや、うーん…ちょっとこっち、いいですか」
先生はそう言ってどこかを指さし、先に立って歩きだした。
慌ててついていくと、私たちはフロアの隅にある小さなショップに入った。
「酒好きかは、わからないんですよね?」
「そうなんです」
「想像だけど、そういう立場の人はおそらく、話題のものや有名なものはもう、見飽きてますよね」
「まさしくです、ライフスタイル誌の編集長なので」
「そして本人の嗜好はわからない、というのであれば、好き嫌いは別にしても、箔がつくようなものがいいと思う」
「箔がつく?」
そもそもここは、なんのお店なんだろう。
一見、お漬物屋さんかな、と思うような真空パックや瓶詰が並んでいる。
でも、どれも見たことがないうえに、よく見ると驚愕するほど高い。
「日本各地から集められた珍味の店です」
「珍味!」
そう聞いたとたん、先生の言った意味が理解できた。
ただの高級品でなく、ひたすら珍しいものであれば、たとえ好みに合わなくても、食べたことがあるというだけでちょっと自慢になる。
「出張の手土産にたまに利用するんですが、年配の男性にはまず喜ばれますね。まあ、一案として検討してください」
「ありがとうございます、本当に助かりました」
「明日には戻るので、今週の定例会には出ます」
じゃあ、とあっさりと先生は行ってしまった。
…なんだか、すごく微妙な距離だった。
冷たいわけでもない。
でも少しずつ感じられるようになっていた、打ち解けた空気といえるようなものもない。
広報部に対する、開発部門のグループ長。
やりとりがその枠を超えないよう、制御されていた気がした。
でも仕事の外でかかわりがあることを、お互いどこかで意識せずにはいられない。
そんな感じだった。