ビタージャムメモリ
ついでに言うと追加予算も認められた!

浮かれていた私は一息にしゃべってから、お手洗いに行きたかったことを思い出し、我に返った。

先生は心なしか、ぽかんとして見える。



「あっ…すみません、お引き留めして」

「いえ」

「あ、香野さーん、今日の会議室、企画が使わせてほしいっていうから7階に振り替えたんだけど、メンバーに通達お願いできる?」



そこに、そんな声をかけられた。

野田さんが廊下のほうから、この洗面所エリアを覗いている。



「えっ、あ、はい!」

「俺、プロジェクタの準備してくるね」



先生には気づかなかったようで、野田さんは行ってしまった。

会議室変更って、このタイミングだとかなり急だ。

開発の方たちは本社のどこかで休憩中だろうし、個別の連絡先はまだ知らない。


席に戻ってメール…その前に、お手洗い…いや、先にメール…。

すっかり混乱して、あたふたとあっちこっちに足を向けては引っ込めていると、肩に手を置かれ、私はきゃっと飛び上がった。



「仲間には僕が連絡しておきますから」

「え…」

「気にせず、一つずつ済ませてください」



そう言って、女性手洗いのほうへ背中を押される。

少しの間呆然として、はっとした。

私…別に、それで落ち着きなくしてたわけじゃ…!

わあ、恥ずかしい!


廊下の角を曲がろうとしていた先生が、ふと振り向いた。

その顔は、微笑んでいた。



「じゃあ、のちほど」

「はっ…はい!」



何が"はい"なんだか。

真っ赤な顔で大声を出した私に、先生がこらえきれなくなったみたいに笑顔を見せて、正面廊下のほうへ消えた。


笑ってた。

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