ビタージャムメモリ
私と野田さんも、前日に会場を出られるのが何時になるかわからないので、近くのホテルを予約してある。

そこに先生たちの分も追加しよう。

若手の3名も、マニュアルを見ながら確認してくる。



「俺らは翌日集合で大丈夫なんすね」

「はい、メディアへの説明員としていらしていただく感じで、基本的に窓口は私たち広報部が担当しますので……」



そんな細かい段取りを何度も確認し合ううちに、あっという間に発表会前日がやってきた。



「香野さん、こちらです、パネルの確認していただけますか」

「はい、寒いですね、ここ」

「搬入口を開けっ放しですからね、明日はもちろん、暖めますよ」



会場はフォーラムや展示会などに使われる、小振りのイベントホールだ。

会社からすぐの場所なので、午前中出社してから設営に合流すると、会場となる半地下のホールは、外より寒いんじゃないかというくらい冷えていた。



「連絡系統は決まりました?」

「はい、遅くなってすみません、打ち合わせどおり、私と野田が両チャンネルのシーバーを持ちます」

「了解です、じゃあその情報を入れ込んで、最新のマニュアルを明日控え室に置いておきます」



こういうイベント自体にほぼ素人である私は、見聞きするもの全部が未知の世界で新鮮だ。

下山さんたちの会社が行った中規模の発表会を、事前準備から見学させてもらったりもしたけれど、やっぱり当事者となると緊張感が違う。



「僕が入ったばかりの頃は、やってたんだよ、記者発表会」

「えっ、そうなんですか」

「当時の社長が派手好きでさ。でもトップが変わって考え方も変わると、地道に専門媒体とつきあっていくほうが大事って方向に落ち着いて」



慎重に運び込まれる機材たちを見守りながら、野田さんが言った。

彼は私より5年上で、入社後すぐに広報部に入り、その後一度他部署に出て、2年前にまた戻ってきた。



「じゃあ、懐かしい感じですか、こういうの」

「うん、でもだいぶ時代変わったなあって。なんかこんなデジタルじゃなかったよ、いろいろと」

「なるほど…あっ」



フロアの片隅のドアから、先生と柏さんが姿を見せた。

出張から戻ってきたんだ。

今は17時すぎ。

相当急いでくれたに違いない。

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