ビタージャムメモリ
「ちょっとお声がけしてきます」
「いつでもリハ始められるよう運営に伝えとくよ」
「はい」
会場の中は、息が見えるくらい寒い。
そして先生たちは、薄手のコートの肩を濡らしていた。
「お疲れ様です、外、雨ですか」
「少し。さっき急に降ってきましたね」
「寒いですね、ここ」
「コート脱げないな」
まだセッティング中のため雑然としている会場を見回して、柏さんと先生も白い息を吐く。
私はふたりをヒーターのほうへ案内した。
「おふたりがよろしければ、すぐにでもリハを始められますが…どうされます?」
「眞下さん、先にチェックインしてきません? 本降りになる前に、荷物だけ置いてきたほうがよさそうかなと」
「だな、時間は大丈夫ですか、香野さん」
「もちろんです、じゃあこちらはスタンバイだけしておきますね」
「すみません」
昨日も外泊だったんだろう、先生と柏さんは小振りのスーツケースを持っている。
ふたりを見送って、私は30分ほど待ってもらうよう野田さんのところへ戻った。
「お疲れ様でした!」
「すみません、何度も修正につきあってもらっちゃって」
恐縮する柏さんに、いえいえと首を振った。
わかりづらい部分などを細かくチェックし、その都度資料を直しながらのリハとなったので、かなりの時間がかかったのだ。
ふたりの妥協なしの姿勢はむしろ私たちを刺激して、何がなんでも発表会を成功させなきゃという気にさせた。
「あれ、眞下さんどこ行っちゃいました?」
「そういえば…」
いつの間にか姿が見えなくなっている。
柏さんは会場内を見回した後、まあいっかと資料をまとめた。
「僕、ホテルに帰ってますので。もしあの人が僕を探してたら、そう伝えてもらっていいですか」
「承知しました。明日よろしくお願いします」
「楽しみですね」