ビタージャムメモリ
出口のほうへ向かう柏さんに手を振りながら、私は撤収前にあちこちを見て回ろうと廊下へ出た。

角を曲がった時に、先生を見つけた。

壁に寄りかかって、携帯を耳に当てている。

話すでもなく、聞くだけ聞いては操作している感じだったので、留守番電話を聞いているのかと思った。

でも、それだけにしては様子がおかしいことに気がついた。



「あの…お急ぎの用事でも入りましたか」



声をかけると、先生がびくっと反応したので、私のほうが驚いた。

さっと携帯を閉じると、私を見る。

その顔には明らかな動揺が浮かんでいた。



「…あ」

「どうか、なさいましたか」

「いや…」



言おうかどうしようか迷っているような感じで、目をあちこちにさまよわせて、先生はやがてもう一度携帯を開いた。

さらに少しためらってから、口を開く。



「…歩の様子が」

「歩くん?」



ここでいきなりその名前が飛び出してくるとは思わなくて、今度は私のほうが動揺した。

先生は携帯を操作すると、私のほうへ差し出した。

歩くんからの留守録だ。

受け取って耳に当てると、雑音のようなものが聞こえる。

その録音はやたら長く、ざらざらと何かがこすれるような音や、ぶつかる音、そしてたまに、その向こうに人の声らしきものが入っていた。



「これ…」

「自宅にかけても、いないようで」



再生が終わると、画面が録音リストに戻る。

そこにはリハの間に、歩くんから立て続けにかかってきていたことが示されていた。

先生は蒼ざめた顔で、何か考えている。

私は携帯を返し、自分の電話で歩くんにかけた。


…出ない。



「どこか、行きそうな場所に心あたりとか…」



先生が首を振る。

交友関係までは把握していないんだろう。

私は少し考えて、早絵にかけた。

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