ビタージャムメモリ
08.展開
外はしつこい雨に冷やされて、ぐんと気温が下がっていた。
白い息を吐きながら大通りを先生と走り、通りかかったタクシーを拾った。
「さっきのは」
「歩くんがバイトをしていたクラブの人です、私が歩くんに会ったのもそこで…」
いろいろ説明したいことがあったけれど、そういう場合でもないと思って控えた。
後部座席に並んで座った先生は、何度か歩くんに電話をしては、そのたびもどかしげに息をついて、あきらめる。
かすかに震えている手は、きっと寒さのせいだけじゃない。
歩くん。
歩くん、大丈夫?
今行くからね。
10分ほど走ったところで降ろしてもらった。
雑居ビルの地下へ通じる階段を駆け下りて、クラブに入るドアを無視して私はもう半階下りた。
もしかしたらと思ったからだ。
前に、歩くんが私を連れていった場所。
倉庫が並んだような、ひとけのないフロア。
がらんとした廊下は電灯だけがついていて、誰もいなかった。
でも何かおかしい。
「なんだろう…」
「香野さん、あんまり先行かないで、危ないかもしれない」
「あっ、はい」
あたりの様子を見ながらついてきた先生の、息が白い。
それを見て、あっと気がついた。
「外気が入ってきてますね」
「確かに…奥からかな」
「一度来た時は、ここ完全に屋内だったんです、どこか開いてるのかも」
奥のほうへ歩いていこうとすると、ぐいと肩を引かれた。
先生が私を後ろに押しやって、先を歩く。
…かっこいいとか。
思ってる場合じゃないってことは、わかってる。