ビタージャムメモリ
「歩の靴だ」
「えっ」
先生の声に我に返った。
言うとおり、一番奥の鉄のドアに、スニーカーが挟まっている。
このせいでドアが閉まらず、風が入ってきてたんだ。
「歩…」
「あっ、先生!」
駆けだした先生を追ってドアを抜けた。
ドアの向こうには、ちょうど私たちが下りてきたのと同じような階段が上下に伸びていた。
湿気まじりの冷たい空気に顔を打たれながら上る。
地上に出るドアは開け放たれていて、外の雨が街灯に煙っているのが見えた。
そして、その白い灯りの中に、誰かが倒れていた。
ビルに挟まれた路地の、濡れたアスファルトの上に、身体を折るようにして横たわっている。
「歩くん…」
「歩!」
先生が駆け寄って抱き起こしても、歩くんは反応しない。
どれだけ長いこと雨に打たれていたのか、全身がぐっしょり濡れて、氷のように冷えている。
くたりと垂れた、真っ白な顔には無残な青い痣が無数に刻まれて。
その上を、雨で薄まった血が筋になって流れていた。
「歩…!」
地面に投げ出された綺麗な指。
それは先生の呼びかけにも、ぴくりともしなかった。
玄関のほうで物音がした。
部屋のドアが、そっとノックされる。
「申し訳ない、歩を任せてしまって」
「大丈夫です、お帰りなさい」
コートを脱ぎながら先生が入ってくると、その身体から、冷たい外の空気がふわっと舞った。