ビタージャムメモリ
じき18歳ってことは、歩くんは今、三年生だ。
入学してすぐの頃のことなんて、生々しく思い出せるくらいの歳。
どれだけ傷ついただろう。
そうやって踏み込まれる理由にされるくらいなら、好きな音楽すら投げ出したほうがましって思ったんだよね。
好きでいるのをやめたくなるくらい、痛い思いをしたんだよね。
──ここで弾くの好きなんだ。
あれは、あそこでなら弾いても、お母さんにまでは届かないから?
思うままに弾くことができて、聴衆を喜ばせることができて、だけど成績や賞とは無関係でいられるから?
「僕の母も去年亡くなって、今の歩には帰るところもない。父はもうずっと前に他界しているし」
「そうなんですか…」
先生はふっと息をつくと、それまでの淡々とした口調から、苦笑するような調子になって言った。
「そういうわけで、僕は歩に関しては、どうにも甘いというか過保護というか、神経質というか、そうならざるを得ない事情があって」
私は歩くんが守り通した指を、思わずぎゅっと握った。
当然だと思います。
むしろ、そうであってほしいと思います、歩くんのために。
「香野さんには、不必要にきつく当たって、失礼もあったと思う、たいへん申し訳ないことをした」
「…え」
「歩から強く言われてね、香野さんは何も悪くないどころか、歩を口うるさく叱ってくれたと」
「く、口うるさく!」
何もそんなふうに言わなくても…!
予想外の言われように少しショックを受けていると、先生がにこりと笑った。
「歩がそんなふうに、誰かをかばったりするのを、初めて見た。僕だけでは無理だった何かしらの影響を、香野さんが与えてくれたんだと思う」
「そんな」
「これからも、歩をよろしく。言動はませていても、中身はだいぶ子供だから、迷惑をかけることも多いと思うけど」
ぽかんと口を開けたまま、言葉が出なかった。
よろしく、なんて。
そんな大事な歩くんを、よろしくなんて言ってくれるんですか。
入学してすぐの頃のことなんて、生々しく思い出せるくらいの歳。
どれだけ傷ついただろう。
そうやって踏み込まれる理由にされるくらいなら、好きな音楽すら投げ出したほうがましって思ったんだよね。
好きでいるのをやめたくなるくらい、痛い思いをしたんだよね。
──ここで弾くの好きなんだ。
あれは、あそこでなら弾いても、お母さんにまでは届かないから?
思うままに弾くことができて、聴衆を喜ばせることができて、だけど成績や賞とは無関係でいられるから?
「僕の母も去年亡くなって、今の歩には帰るところもない。父はもうずっと前に他界しているし」
「そうなんですか…」
先生はふっと息をつくと、それまでの淡々とした口調から、苦笑するような調子になって言った。
「そういうわけで、僕は歩に関しては、どうにも甘いというか過保護というか、神経質というか、そうならざるを得ない事情があって」
私は歩くんが守り通した指を、思わずぎゅっと握った。
当然だと思います。
むしろ、そうであってほしいと思います、歩くんのために。
「香野さんには、不必要にきつく当たって、失礼もあったと思う、たいへん申し訳ないことをした」
「…え」
「歩から強く言われてね、香野さんは何も悪くないどころか、歩を口うるさく叱ってくれたと」
「く、口うるさく!」
何もそんなふうに言わなくても…!
予想外の言われように少しショックを受けていると、先生がにこりと笑った。
「歩がそんなふうに、誰かをかばったりするのを、初めて見た。僕だけでは無理だった何かしらの影響を、香野さんが与えてくれたんだと思う」
「そんな」
「これからも、歩をよろしく。言動はませていても、中身はだいぶ子供だから、迷惑をかけることも多いと思うけど」
ぽかんと口を開けたまま、言葉が出なかった。
よろしく、なんて。
そんな大事な歩くんを、よろしくなんて言ってくれるんですか。