ビタージャムメモリ
じき18歳ってことは、歩くんは今、三年生だ。

入学してすぐの頃のことなんて、生々しく思い出せるくらいの歳。


どれだけ傷ついただろう。

そうやって踏み込まれる理由にされるくらいなら、好きな音楽すら投げ出したほうがましって思ったんだよね。

好きでいるのをやめたくなるくらい、痛い思いをしたんだよね。


──ここで弾くの好きなんだ。


あれは、あそこでなら弾いても、お母さんにまでは届かないから?

思うままに弾くことができて、聴衆を喜ばせることができて、だけど成績や賞とは無関係でいられるから?



「僕の母も去年亡くなって、今の歩には帰るところもない。父はもうずっと前に他界しているし」

「そうなんですか…」



先生はふっと息をつくと、それまでの淡々とした口調から、苦笑するような調子になって言った。



「そういうわけで、僕は歩に関しては、どうにも甘いというか過保護というか、神経質というか、そうならざるを得ない事情があって」



私は歩くんが守り通した指を、思わずぎゅっと握った。

当然だと思います。

むしろ、そうであってほしいと思います、歩くんのために。



「香野さんには、不必要にきつく当たって、失礼もあったと思う、たいへん申し訳ないことをした」

「…え」

「歩から強く言われてね、香野さんは何も悪くないどころか、歩を口うるさく叱ってくれたと」

「く、口うるさく!」



何もそんなふうに言わなくても…!

予想外の言われように少しショックを受けていると、先生がにこりと笑った。



「歩がそんなふうに、誰かをかばったりするのを、初めて見た。僕だけでは無理だった何かしらの影響を、香野さんが与えてくれたんだと思う」

「そんな」

「これからも、歩をよろしく。言動はませていても、中身はだいぶ子供だから、迷惑をかけることも多いと思うけど」



ぽかんと口を開けたまま、言葉が出なかった。

よろしく、なんて。

そんな大事な歩くんを、よろしくなんて言ってくれるんですか。

< 83 / 223 >

この作品をシェア

pagetop