ビタージャムメモリ
「…はい」
「毛布を持ってくるよ、不自由で申し訳ないけど、ここで寝てやってもらえるかな」
「はい、もちろん」
「僕の部屋は向かいなので、何かあれば声をかけて」
「は、はい!」
気合いのあまり大きな声を出してから、歩くんを起こしてしまったかと慌てて確かめた。
大丈夫、ぐっすり寝ている。
先生は笑いながら出ていき、それを見送ってから私は、改めて歩くんの寝顔を眺めて、深い安堵の息をついた。
ありがとう、歩くん。
なんとか先生の信頼を取り戻せたよ。
寝てる間に、いろいろ聞いちゃってごめんね。
でもおかげで歩くんのこと、少しわかった気がする。
なんで私にあんな突っかかってきたのかも、腑に落ちた。
歩くんには、先生しかいないんだね。
絶対に、誰にも取られたくないんだね。
空いているほうの手で、さらさらした黒い髪をなでる。
歩くんは少し身じろぎして、私の手に顔を押しつけてきた。
動物が甘えるみたいなその仕草が可愛くて、切なくもあって。
胸が痛くなった。
「…おい」
揺さぶられて開けた目を、すぐ閉じた。
まぶしい。
「おいって、手が痛えんだよ、離せ」
え、手?
はっと顔を上げて、下敷きにしていたらしいものを見下ろした。
腕だ。
その先の手がもぞもぞと動いて、しっかりと指を絡めて握り合っていた私の手から離れていく。
残された私の指は、まったく感覚がない。