ビタージャムメモリ

「…はい」

「毛布を持ってくるよ、不自由で申し訳ないけど、ここで寝てやってもらえるかな」

「はい、もちろん」

「僕の部屋は向かいなので、何かあれば声をかけて」

「は、はい!」



気合いのあまり大きな声を出してから、歩くんを起こしてしまったかと慌てて確かめた。

大丈夫、ぐっすり寝ている。


先生は笑いながら出ていき、それを見送ってから私は、改めて歩くんの寝顔を眺めて、深い安堵の息をついた。

ありがとう、歩くん。

なんとか先生の信頼を取り戻せたよ。


寝てる間に、いろいろ聞いちゃってごめんね。

でもおかげで歩くんのこと、少しわかった気がする。

なんで私にあんな突っかかってきたのかも、腑に落ちた。


歩くんには、先生しかいないんだね。

絶対に、誰にも取られたくないんだね。


空いているほうの手で、さらさらした黒い髪をなでる。

歩くんは少し身じろぎして、私の手に顔を押しつけてきた。


動物が甘えるみたいなその仕草が可愛くて、切なくもあって。

胸が痛くなった。








「…おい」



揺さぶられて開けた目を、すぐ閉じた。

まぶしい。



「おいって、手が痛えんだよ、離せ」



え、手?

はっと顔を上げて、下敷きにしていたらしいものを見下ろした。

腕だ。

その先の手がもぞもぞと動いて、しっかりと指を絡めて握り合っていた私の手から離れていく。

残された私の指は、まったく感覚がない。

< 84 / 223 >

この作品をシェア

pagetop