性悪女子のツミとバツ
「田村くん、ちょっと。」

デスクで書類を作成していた俺に声を掛けたのは、松岡さんだった。
と言っても、本名は佐藤さんだ。
しかし、結婚後に顧客サービス課へと異動した彼女は、今も旧姓で仕事を続けていた。

そのまま廊下へと連れ出され、人気のないところでそっと囁くように、切り出された。
すでに、彼女への思いは過去のものとなっているため、至近距離で見つめられても、俺の心は全く動揺しない。

「安井さんと、連絡取れてる?」

だが、不意にそう尋ねられて、ドキリとした。

「いや、取れてないけど。どうして、俺に?」

なるべく動揺を悟られることなく、冷静に答えれば、彼女はきょとんとして、こちらを見つめていた。

「だって、田村くん、安井さんと付き合ってるでしょう?」
「どうして、それを?」
「ごめんなさい、主人から…」

あろう事か、秘密の関係は直属の上司にバレていたらしい。
ばつが悪そうに微笑めば、彼女は慌てたように話を元に押し戻す。

「彼女、今日出勤してないって。連絡もないみたいだし、気になって。」
「このまま、辞めるつもりなんじゃないかな。」
「でも、私のところに、今朝こんなメールが…」

彼女の手から白い紙を受け取ると、それは彼女の職場PC宛に送られてきたメールを印刷したもので。
送信日時は今日の明け方の五時すぎ。
萌の携帯電話から送られたそのメールには、今更ながらに松岡さんへの謝罪が綴られていた。

『私は、今までの自分の行いに対して何ら後悔するところはありませんが、ただ、あなたに迷惑をお掛けしたことだけは、どうしてもお詫びしなくてはという気持ちになり、このメールを送ります。』

まるで、遺書のような書き出しを読んだだけで、俺は思わず走り出していた。
席に戻り、携帯と営業車の鍵をひっ掴んで、また全速力で走った。
営業車に乗り込み、萌の自宅へと急ぐ。
一度だけ訪れたことのある、彼女のアパートの場所は、ひどく曖昧だったが、必死に記憶を手繰り寄せた。
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