性悪女子のツミとバツ
「あの男のことが、好きだったのか?」
「ううん、多分そうじゃないの。ただ、彼と結婚したかっただけ。」
「どうして?」
「私ね、母みたいにはなりたくなかったの。」

その言葉に、病院で会った彼女の母を思い浮かべる。
はきはきとしていて、年齢よりも若々しく、エネルギッシュな女性。
横には、物腰が柔らかく、いかにも優しそうな、どこか頼りない印象すらある、彼女の父が控えめに寄り添っていた。

「うちの親に会ったなら何となく分かると思うけど、私の父は身体が弱くてあまり働けないの。だから、うちの家計は昔から母が支えてた。バリバリのキャリアウーマンってやつね。でも、一生懸命仕事をする母が、私はずっと嫌だった。今思えば、あまり母に構ってもらえなくて、寂しかったのね。でも、それは分からなくて。昔から、母みたいにはならないって、決めてたわ。」
「それで、ステイタスのある男と結婚することに、心血を注いでたわけだ。」
「今、冷静に考えれぱ、馬鹿みたいね。松岡さんは、まるで母を見てるみたいだった。それで、反発してたの。でも、私、心の底では母にも彼女にも憧れてたのよ。」

病院に駆けつけたとき、両親は取り乱しながら、必死に娘の容態を尋ねていた。
俺が全ては自分の所為だと頭を下げたときも、本当は俺に聞きたいことや言いたいことが山ほどあっただろう。
けれども、彼女の母は、まず俺に礼を言ったのだ。

『娘を助けてくださって、ありがとうございます。』

気丈にも震える手を握りしめて、頭を下げた姿を見て、萌は愛されて育ったのだと感じた。
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