性悪女子のツミとバツ
「今回の事は、僕も全く気が付かなかったから。悪かったね。」
「安井さん可愛いから、いつかこんなことになるんじゃないかと思ってたのよ。」
取引先の御曹司にしつこく言い寄られていたという設定はそのままなようだ。
二人の申し訳なさそうな顔に、私は、つい「違うんです」と否定してしまいそうになる口をつぐんで、「とんでもないです」と曖昧にごまかした。
本当の事は絶対に言わない。
今、流れている噂は、否定しないように。
これは、復帰前日に彼と交わした約束だ。
そんなことは出来ないと抵抗する私を、彼は真剣な顔で説得した。
「気にしなくていい。その方が、誰も傷付かないし、みんなの都合がいいんだ。」
「でも、あなたは?このままじゃ、困るでしょう?恋人を見捨てた最低男みたいに噂されて。」
「大丈夫だよ。その後の完璧なフォローの甲斐あって、むしろ今じゃ好感度が上がったくらいだ。」
「そんな馬鹿な…」
「とにかく、萌は心配しなくていい。むしろ、俺の嘘を暴かれる方が問題だ。俺の会社での信用を失墜させるつもりか?」
顔は微笑みを浮かべていたが、真剣な眼差しで何度も念を押されて、半ば強引に説き伏せられた。
出社してから、すぐに理解した。
確かに、これほどの嘘を訂正すれば、彼の信用問題に関わるだろう。
そして、彼の言葉を借りれば、「誰も傷付かない都合のいい嘘」というのは、本当だった。
壊れることのない人間関係と、スムーズに進んでいく仕事。
確かに、今のところ何の問題もない。
たった、一つ。
私の心の中に、暗雲のように立ちこめる罪悪感だけを除けば。